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風車公園を過ぎてさらに奥に進んでいくと、その先に瀟洒な門と塀が見えてきた。
煉瓦と鉄柵でできたそれは、どことなく実家からほど近い街を思い出させる。
車はその門はくぐらずに、右に折れていった。
門に近付いたとき、確かにそこには『吹月学院高等学校』と記されていた。
「今のが正門になるのですか?」
「そうですよ。ただ正門から入ると校舎に向かってしまいますので、今日はひとまず寮や食堂に近い東門から入りますね。荷物もありますし、その方がスムーズですから」
「ありがとうございます。お願いいたします。一応は構内地図を頭に入れていますが、ここまで広大な敷地だと迷ってしまいそうですね」
おおよその想像はしていたものの、実際に訪れると、どうやらそれ以上の広さにも思えてくる。
私は多少の驚きを乗せて感想を伝えた。
「はじめて来られた方は皆さんそう仰いますね」
久我先生は笑いながら頷いた。
「特に高等部からうちに来た生徒なんかは、どこかのテーマパークみたいだと言ってましたよ。中等部からの生徒は合同行事なんかで何度も来てますから、それほど驚いたりしませんが。ああ、寮が見えてきました。正面左に見えてきた赤茶色の建物が、舞依さんに入っていただくフラットAです」
説明された方向には、さきほどの正門と同じく煉瓦造りの雰囲気のある建物が見えた。
格子窓が規則正しく並んでいて、大きめの煙突もある。
日本風に言えば、洋館という表現が相応しいだろうか。
その奥を見ると似たような建物がいくつも建っていて、その風景はここが日本だということを忘れさせそうだ。
どこかのテーマパークという表現は決して大袈裟ではなかったのだと、おおいに納得する私がいた。
車は一時停止し、久我先生がドアポケットにあったリモコンを操作して門の扉を開いた。
「建物は歴史を感じますが、セキュリティは現代的なのですね」
「この辺りは野生の動物も多く出ますからね。対人というよりも、彼ら対策と言った方が正しい気もしますが」
野生動物のことを ”彼ら” と呼んだことに微笑ましい気持ちになった私は、「では、いつかは私も彼らにご挨拶しなくてはいけませんね」と返した。
すると久我先生は急に真面目な声になったのだ。
「ですが、熊にはくれぐれも気を付けてください」
「え?熊が近くに出るのですか?」
そんな話は聞いてなかった。
確かに日本でも熊の目撃情報や事故はニュースになっているようだが、吹月学院近辺で発生していたならば、私が留学する前に父や家の関係者からそうと知らせがあるはずなのに。
けれど驚いてる私に向かって
「まあ、私が生まれてからは一度も聞いたことはありませんが」
久我先生はおどけて言ってみせたのである。
「先生……新入りをからかって楽しいですか?」
わざと眉間にシワを作って訴えると、運転席からは楽しそうな笑い声が返ってきた。
「すみません、ここにはじめて来た人には同じことを言ってるんですよ。熊の目撃情報はなくても、山や森には危険がたくさんありますからね。生徒にも来客にも保護者の方にも、それぞれご自分で注意してもらう必要がありますので」
優しい話し方の中にも、ピリッとした芯を感じる。
わたしは久我先生のメッセージをちゃんと受け取ったという思いで「心得ました」と返事した。
「そうですね、舞依さんなら心配はなさそうですね。………さあ、着きました。ここが、今日から舞依さんの家になる吹月学院高等部寮、フラットAです」
キ…とサイドブレーキを引いた久我先生は「ようこそ、吹月学院へ」と、改めてわたしを歓迎してくれたのだった。
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