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私も久我先生も、にわかに意識をきゅっと固める。
あの館林、というのがどういう意味なのか定かではないが、それが私の実家を指していることは明らかだろう。
私は、気遣わしげな視線をくれた久我先生に平気だと目で返し、その声が飛んできた方をくるりと振り向いた。
「今のご発言にお答えします。仰った方の真意までは測りかねますが、たった今久我先生よりご紹介がありました通り、私は館林 舞依と申します。それ以上でもそれ以下でもございません。ただの一生徒です。本日はみなさんを大変驚かせてしまったようで、申し訳ございません。ですが、英国よりの長旅で少々疲労しておりますゆえ、詳しい自己紹介はまた後日にさせていただきたく存じます。ご了承いただけますでしょうか?」
頭のてっぺんから放つようなソプラノではなく、アルト寄りの穏やかな音程を心がけて彼らに第一声を届けた。
誰だって、自分の通っている男子校に女子生徒が編入して来たら慌てるだろう。
むしろ騒がない生徒の方がどうかしている。
こういった展開は私も久我のおじさまも承知の上だった。
そして、館林という名前に反応する生徒がいるであろう事も、ある程度は覚悟していた。
私の実家は、知る者にとっては国内外問わず大きな影響を及ぼす家柄だったのだから。
特に日本国内では館林一族というだけで目立ってしまうこともあり、それを危惧した私の両親が私の存在を公にしないまま、海外で育てる選択をしたほどだ。
何も知らない人間から見ればただの海外移住した裕福な家庭に過ぎないのだろうが、ここにいる生徒達はそれなりの家で育ってきている。
そんな彼らの中で、館林の名前を気にする者があるのは当然と言えば当然なのだ。
けれど、あくまでも家は家、私は私。
私の親がどんなに影響力があっても、権力があっても、私はただの15歳女子でしかないのだから。
もし、私の実家とのコネクションを求めているのであれば期待には応えられないと、プロローグの段階で宣言しておくのは、人間関係構築においての私の常の方策でもあった。
すると、私の宣言に対し、パンパンパンと拍手する音があったのだ。
その音に一同がハッとし、まるで大勢の生徒の中に一本の道が通るように彼らが左右に割れていく。
映画のワンシーンのような、やや出来過ぎた演出にも見えるその光景に、わたしは何事かと生徒達の動きがおさまるのを待った。
やがてその道が突き当たった場所に、一人の生徒がスッと立ち、わたしに向かって手のひらを打ち鳴らしていたのである。
「ああ、京極。ここにいたのか」
久我先生は、たった今起こった映画のような現象にまったく動じることもなく、拍手の主の名前を呼んだのだった。
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