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「そうですか、館林のご当主まで巻き込んでしまったわけですね…」
久我先生は恐縮しきりで、ぐったりと疲労感を増したように言った。
だが、一人娘である私の進路選択に父がかかわってくるのは親として当たり前と言えば当たり前なのだから、そこは気にする必要はあるまい。
「未成年の子供に関することですから、仕方ありませんよ」
「ですがスイスの寄宿学校に進まれる予定だったのでしょう?それをうちの父のせいで変更させてしまい、誠に申し訳ありません」
「いいえ、最終的に決めたのは私自身ですから。それより、私は具体的に何を?」
私は運転席に視線を固定したまま尋ねた。
久我先生越しの風景では山の木々が生い茂っている。
この土地での暮らしは、森林浴には困らないだろう。
「そうですね……取り立てて何かをしていただくという事はないのですが、女子生徒目線での感想や意見をいただければ、それでじゅうぶんです」
「将来的な共学化に向けての社会実験のようなもの、でしたよね?女子受け入れに関する届け出は既に済ませておられると伺っていますが」
「ええ。ですから、舞依さんには普通に高校生生活を送っていただき、日常で気になった点、不自由だと感じた点を教えていただきたいと思っております。もちろん、今はまだ男子しかおりませんので、同じ寮に入っていただくことになってしまうのですが……正式に決定次第、女性用施設等の改築増築は今後進めていくと聞いております」
「わかりました。でも……本当に共学に変更されるんでしょうか?」
先月、おじさまからその計画を聞かされた際は、とても驚いた。
なぜなら、彼が学院長を務める吹月学院といえば、日本中、いや世界中から優秀な男子生徒が集まる名門中の名門校だったからだ。
そう評されるのは、在校生が非常に優秀だというばかりではなく、彼らの実家が、揃いも揃って名家ばかりだという事が主たる理由だった。
財閥系、元華族、資産家、大地主、政治家、欧州貴族の血筋など富裕層の家庭の、いわゆる御曹司と呼んで差し支えない子息が数多く机を並べているのである。
もちろん、中には親が一代で財を成したという家柄の生徒もいるし、ごく一般的な家庭出身もいるそうだ。
だが学費はそれなりの額であるし、全寮制となるとその費用もかなり必要になってくることから、一般家庭と言っても一定以上の経済力は維持しているだろうと推察ができる。
ただ唯一の例外として、学業やスポーツ、文化面において優秀で将来有望と認定され、特待生として学費免除になる生徒は存在しているらしい。
そしてそういったメンバーには、学院での縦横の繋がりで将来的に複数のスポンサーがつくことが多々あるという。
何事も、人間関係、交遊関係が強みになるということだ。
結局物事は、人対人なのだから。
コネだ不公平だといった批判もあるかもしれないが、そういう批判発信元の彼らだって一人きりで生きているわけではないのだから、何かしらの人間関係によって得をする場面もあるはずで、それ自体を咎めるのは非常に不合理である。
とにかく、そんな名門中の名門である由緒正しき男子校が、簡単に共学化なんて許すだろうか?
少子化の影響で共学に変更する学校もあると聞くが、吹月学院においてはそんな心配は無用のはずだ。
毎年の入学選抜試験は相当な倍率だと聞いているのだから。
では、なぜ、今女子生徒を受け入れようなどと理事会は考えたのだろう?
「共学化はかなりハードルが高いでしょうね。ですから、この件は理事会に出席していたメンバーと一部の職員にしか知らされていないようです。それ以外は、生徒も含めて、舞依さんの事はただの交換留学生と説明させていただくつもりです。もちろん交換留学生であることには違いないのですが、学院長自らの依頼で共学に向けてのテストだということは極秘です」
おじさまの話では、ご自分も出席された理事会にて、共学化の話題があがったらしい。
だが賛否が大きく割れてしまい、それぞれが譲らずに会議は停滞。
そしてこのままではしこりになってしまうのではと案じたおじさまが、実験的に女子生徒を迎えてみてはどうかと提案したそうだ。
日本の制度については私は全く知識はないが、どうやらシステム的にも難しいわけではないらしい。
ただ正式に女子生徒受け入れをしてしまうと後戻りできないので、あくまでも実験的に、ということで。
ひとまず交換留学生という立場で受け入れて、もし女子が入ってきた場合のメリット、デメリットを洗い出してみるべきだという着地点を理事会は見つけたのだ。
そしてタイミングいいことに、ちょうど三年生で一人留学予定の生徒がいた。
さらにタイミングを計ったと言わんばかりに、学院長兼理事長であるおじさまの旧友の娘、つまり私がちょうどいい年齢ときたものだから、すぐさまスカウトに動かれたのだという。
だがこれは私も納得するところだった。
さすがに縁もゆかりもない一般家庭の女子に、そんな実験的な役目を依頼するわけにもいかないだろうから。
ただし、先ほど久我先生からもあった通り、私がそんな任務を帯びてる事情は秘密だ。
理事会の中には共学反対派も多数いるのだから。
共学が既成事実のように流布されるべきではないし、もしかしたら私が編入した結果、やはり女子の受け入れは慎重にすべきという意見に寝返る人物がいるかもしれない。
だがおじさまからは、私は共学云々のプレッシャーを感じる必要はないという言葉をいただいていた。
それよりも、クラスメイトや同じ寮の仲間と共に時間を過ごし、その中で気付いた事を教えてくれたらいい。館林の名前に身構えない生徒達もいるだろうから、彼らと気ままに高校生活を謳歌してほしい……そんな風に言われて、私は、おじさまの優しさを再認識したのだった。
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