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巨乳美女と俺と幼馴染
……――――ん。
意識を取り戻した俺は起き上がり、あたりを見回す。
薬品臭いにおいに救急セット、身長計、そして人体骨格標本。極めつけには自分が寝ていた隣には同じカタチのベッドが二台。
「保健室かぁ」
さっきまでいたのは寮の前で、今は保健室。
意識を失ったあと、誰かが運んでくれたようだ。
「アイツめ」
一松 櫻は俺を襲ったあと、ここへ運んだのだろうか。待て。保健室ということは、まさか。
「どうだい? 起き上がってるようなら、大丈夫そうだけど」
先ほどの和服から白衣姿に戻ったらしい彼女、皆藤 茜が俺に問いかけてきた。心なしかこちらを向いている彼女の大きな胸が強調されているような気がしないでもないが、無視することにした。
「ええ、大丈夫ですよ――――俺をここに運んできたのって、アイツでしたか?」
大丈夫だと証明するために手を振って見せ、そういえば、と尋ねると少し違うわねと考えるように否定した。
「君が倒れたっていう連絡をしたのは彼女。だけど、私が現場に到着したときにはもういなかったわ」
『倒れた』って、お前が倒しやがったんだろうが。茜さんの言葉に脱力した。しっかし、なんでアイツは俺を気絶させ、ここに運んだのだろうか。
たしかかに救急車で普通の病院っていうわけにもいかないんだけれどさ。珍獣扱いされている武芸百家の人間が一般人の経営する普通の病院には入りにくい。そもそも刀傷やら武器でできた傷跡を一般人に見せるわけにはいかないんからね。
「そうでしたか」
そうは言っても、なんでアイツは通報したあと、消えたのかがわからなかった。もっとも、加害者が被害者に付き添って保健室に来るっていうのも意味わからないから、問題ない行為ではあるんだけれど。
茜さんに礼を言って立ち上がろうとしたのに、押さえ込まれた。
「へ」
思いきっり間抜けな声を上げてしまった。茜さんの右手が自分の体すれすれのところにあるのはまだいい。綺麗に揃えられた左手が喉元すれすれにあり、あと一歩でも起き上がろうとすれば間違いなく気管をやられていただろう。
「ねぇ、あなたと彼女、一松 櫻っていったいどんな関係なの、伍赤 総花くん?」
その質問にこの体勢はいただけなかった。茜さんの胸が近くにあり、ほかの生徒たちが見たら、様々な噂がかきたてられるだろう。そんな葛藤お構いなしに茜さんはにじり寄ってくる。
「ただの腐れ縁ですよ」
にじり寄ってくる彼女を遮るように俺は答えた。
アイツとはただの幼なじみで、アイツの親父と俺の親父が仲悪くても、ずっと一緒にいる。子供のころから変わらない関係。
それ以上でもそれ以下でもない。
ふーん、とつまらなさそうに言いながら、立ち上がる茜さん。
「帰っていいわよ」
その言葉にほっとする俺はありがとうございますと言って立ち上がり、保健室から出ようとした。しかし、茜さんはちょっと待ってと呼びとめる。
なんですか?
うんざりとばかりに茜さんを見やる。彼女は先ほどとは違い、少し暗げな雰囲気を醸しだしていた。
「明日、彼女についていてあげて」
お願いされたのは、明日の件だった。なにかあるのだろうか。
「私が言うのもあれだけど、あなたは彼女の役に立てると思う」
茜さんはなにかを心配しながら言う。もちろんですよと笑う。
「アイツが拒否をしない限り、どんなことがあってもアイツのそばにいてやるつもりです」
あなたは伍赤家の息子よねと苦笑いする茜さん。ええ、そうですがとなんのためらいもなく返してやると、おアツいことでとそっぽを向いてしまった。
では、失礼します。
今度こそ保健室から出て、寮に戻った。数時間前に襲われたときとは違って、中庭が夕日で赤く染まっている。
「はぁあ。明日、アイツ、なんて声かけてくるんだろうか」
自室に戻ったけど夕飯を食べる気にもならずに、ベッドに寝転んだ。何度めになるかわからない思考。
なぜ、アイツが俺を襲ったのか。
勝手に勘違いしてアイツの手柄を奪おうとした腹いせか。
それとも、なにか別の理由があるのか。
行動を読めないアイツに面倒臭さを覚えたけど、やっぱり嫌いになれない。考えてるうちに、風呂に入ることも忘れて、いつの間にか寝てしまっていた。
翌朝、いつもより少しだけ早く起きて、得物を持って体育館棟の屋上へ向かった。よいしょと得物を入ったカバンを端っこに置いて、ストレッチをする。少し生ぬるい風を体に受けながら大きなあくびをする。
「さて」
得物を取りだし、鞘から刀身を抜いた。鞘をカバンの上に揃えたのち、右側を順手で、左側を逆手で持つ。
前を見すえ、右手の刀を斜め後ろに構えて、深く息を吐く。一瞬の沈黙ののち、気合いのかけ声とともに左足で大きく踏み込みながら右手を振りおろし、反対側の足を前に出しつつ左手の剣で引っかくように斬り込む。最後にもう一度、右手を振りおろし、体全体を回転させて、左手を振りおろす。
双刀の基本形をなぞっていく。
一回、二回、三回。
踏み込みながら振りおろし、引っかくように振り上げる。
「これくらいか……――」
全部で七セット。朝の自主練としては久しぶりに動かしたほうだ。さて次は、と左手の剣を順手に持ちかえて構えたとき、うしろから声が聞こえた。
「ここにいたんだ」
その声にったく、お前かよとため息をつく。
「はよ」
昨日、手柄を奪いやがった人物。そして、保健室送りにしたヤツ。今朝はまだメガネをつけていない。
「お前、なにがしたかったんだ?」
一番聞きたいことを尋ねる。それを聞かないことにゃ、今日、理事長に会うにも対策がしようがない。
「茜さん、綺麗だったから。総花、胸大きい人好きだもんね?」
「はぁ?」
櫻が言った理由に訝しがる。すると、彼女は総花には通じないのかぁと呆れ声で返された。
「……――冗談。総花なら、茜さんが本音をぶつけてくれるんじゃないかなぁって」
無表情で櫻はそう答えるが、一切、理解できなかった。
「どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
「総花って、勝手に人の心にズケズケと入りこんでいくんだもん」
悪かったな。ズケズケと入りこんで。
「誰も警戒心を持たない。武芸百家の中での戦闘力は超平凡だし、一般人って言われたら誰も警戒しないぐらいには特徴がない」
櫻の指摘にぐうの音も出なかった。櫻と違って俺はただの凡人。容姿もさることながら、戦闘力も武芸百家としては中の中だろう。これが百年前ならば後継者候補から早々に脱落していた。
「でも、だからこそ私はソウを失わずにすんでいる。伍赤と一松というしがらみを私は気にせずにいられる」
櫻の言葉には笑えなかった。
伍赤と一松。
閉鎖的な武芸百家はわりと結束力が強い。しかし、旧海棠家と実力上位五家で構成される武芸会議でここ五十年、海棠家に次ぐ第二位の席次を確保し続けている一松家と十八年前に第三位となった伍赤家はかなり仲が悪い。
特に伍赤が武芸会議に参加するようになってからは特にひどいらしい。親父からしっかりと聞いてないが、どうやら櫻の父親――すでに故人だが――が関係しているらしい。
「そうだな。相手の懐へズケズケと入りこむ趣味はねぇが、あの変態兄貴殿やシスコン従兄殿に文句言われねぇぐらいには万人受けするのかもな、俺の性格って」
ニヤリと笑いながら言ってやると、そうだねと神妙に頷く櫻。
否定しろよ。
「とりあえず、今から理事長に会いにいくんだろ?」
理事長に会いにいく前に彼女がやってくることを見こしてここで自主練していたと言っても過言ではない。案の定、櫻はうんと言う。その顔は浮かない。
「俺も行く。茜さんから情報は聞きだせなかったが、お前についていってほしいと頼まれてな」
そう言うと櫻は心底嬉しそうに笑う。どうやらそれだけの収穫だけでもお気に召したようだ。双刀を鞘にしまって、カバンに入れこむ。
一回、深呼吸をする。
「行きましょうか、お姫様」
小さいときから変わらないエスコート。櫻はうんっと言いながら、俺の腕をつかむ。そさそて、理事長の元へ向かった。
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