襲撃は突然に

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襲撃は突然に

 かつ、かつ、かつと下駄の音が聞こえる。  昼下がりの公道。  入学直後の実習帰り、俺と幼なじみの櫻の目の前には五人、どうやら背後にも数人の敵が迫っている。リーダーっぽい女以外は全員、目元以外は覆われていて、性別は判断できない。俺は左腰に収められている二振りの刀をすぐにでも抜けるように構えた。武術高校の敷地内ではないが、戦闘許可領域内。銃火器の使用も真剣の使用もできる空間だと即座に判断。 「武芸百家か……――」  俺の呟きに隣で頷く櫻。こんな場所で怪しげな雰囲気を出しているのは一般人ではないだろう。断言できる。  武芸百家。  文官統制(シビリアン・コントロール)になった現代日本でも武器を所有することが大っぴらに認められている家々のことを指す。しかし、昔から血族意識が強いうえ、一定の一族でしか『武芸』の継承を認めておらず、その血族を保護する一族――皆藤家、かつての海棠家の元に集結してきただけに、一種の鎖国状態になっている。そのためか、一般人の間ではもはや都市伝説化してきていて、本物の武芸百家を見たことがない連中のほうが多いと思う。しかし、私立立睿(りつえい)武芸高校はもともと武芸百家の訓練校であり、それを開放したという経緯があるので、一般科の人たちからは武芸百家が認知されているのだけど。  皆藤家を頂点に《徒手空拳の一松家》や《双刀の伍赤(ごしゃく)》は上位五家、『五位会議』と呼ばれるものに参加できる資格である家格を持つ。 「さあ、ご覚悟はできましたか?」  前方にいる薄い赤色の和服を着た女が俺を見て、冷ややかに言う。童顔でコクリと首を傾げる姿と背の高さがそぐわない。高いところでまとめられた髪は(からす)の濡れ羽色で瞳も同じ色。二十代か三十代か。女は俺と隣の少女、一松 櫻を見ていた。俺はその女を知らないが、向こうは俺らのことを知っているみたいで、只者じゃない気配でその場を支配していた。 「ああ」  俺は心の中の怯えを出さないように頷く。櫻にとってみれば、これくらいの人数なら相手にするのに不足はないのだろうが、俺にはこの人数を捌くのは難しい。これじゃ、せっかく作った無表情が保たれてるかわからなねぇな。  だが、やらなきゃいけないときだってある。  いつやるか。  今だな。  心の中で自問自答した俺は二つの刀を抜き、構える。俺の構えを見た目の前の女性以外が俺に襲いかかってくるが、接敵する直前にアキレス腱に痛みを覚えた。  なんでこのタイミングなんだ。  こんちくしょう。  だが、敵は止まらない。止まるわけがない。ああ。ここで俺は負けて殺されるのか。  降りかかってくるだろう全身の痛みを覚悟した。そんな状況下でも、なぜか偶然が重なっていすぎていることに気づいてしまった。  武芸高校に入学してすぐ行われる武術科限定の実習帰り。  学校から寮へ戻るまでのわずかな距離。  徒手空拳の『一松』の首領と双刀の『伍赤』の次期首領が揃っている。  高校(ここ)では何十年に一度起こるかわからない二家の直系のそろい踏み。どれも偶然で片づけられるものだ。けども、すべてが重なるこのタイミングを狙っていたとしか思えない襲撃。少しどうでもいいことを考えていた俺にやってくるはずの痛みがやってこない。 「あ、れ……――」  ゆっくりと体勢を立て直し、なにがどうなったのか見てみると、やっぱりかと乾いた笑いをこぼしてしまった。 「お前なぁ」  俺の幼なじみ兼一松の首領はその小柄な体格を駆使して、相手の懐に飛び込んでいる。俺よりも体格のいい奴らを相手にひたすら素手で急所を押さえていき、次々と相手の武器を落としていく。  苦無に手裏剣、しころに兜割りってお前ら忍者か。  後継者として諸派を知っているが、首領らしき目の前の女を知らないから、さしずめどこかの新興派閥で、忍者の流れでも汲んでいるんだろう。そいつら相手に牛若丸の八艘跳びと同じくらい、いや、それ以上の身軽さが櫻の攻撃にはあった。  しっかし、アイツ学生服のブラウスとスカートなのに、よくあんな派手な動きできるよなぁ。  つーか、ここって一応、公道だけどなぁ。  うん……――今日は黒か。  幼いときから一緒に野山駆けまわって、毎日のようにお前の下着とか見てたけど、今見るとなんか恥ずかしいものだな。  というか、恥ずかしがれよ、十五歳の女子高生。  体格が幼く、紺色に近い黒のボブヘアとサファイア色の瞳だとより幼く見えるとかで、伊達メガネをかけるところは可愛いく見られているはずなんだけどなぁ。少なくとも一般科はお前が何者なのか知らないから、入学直後にアンケートしてた『告ってもらいたい女子』のナンバーワンに選んでたくらいには可愛いんだけどさ。  けど、そんな外面は今は関係ない。彼女の軽々とした動きは俺には無理だ。猫のようにしなやかで(つよ)い。  ほかの百家と違って唯一、実力のみで首領を決める一松家。その頂点に立つ十五歳の少女は正体不明の敵を次々と倒していく。しかも、全く傷を負わせずに。アイツが本気を出せば絶対に死人が出てもおかしくない。思い切り手加減してるのだろう。 「おい」  櫻が女性との戦闘態勢に入ったとき、すっと前に俺は出た。遅いと言われたが、仕方ねぇだろ。なにせ足がつってしばらく動けなかったんだから。 「まさかソウに下着を見られるとは思わなかった」  バレてたか。だが、あれは不可抗力で、しかも見てしまったことに気づいてないと思ったのに。  ……――いや、そういう問題ではないな。  あとで謝っておこ。さすがに変な噂を立てられたりするのは嫌だ。 「あなた(・・・)の実力はわかりました。あるじからの招待状です」  俺らのやりとりについてはなにも触れず、コホンと咳払いした女性はそう言う。懐から白い封筒を取りだして櫻に渡し、彼女はためらいもなく受けとる。  え、なんで?実力を試された(しゅうげきをうけた)のは俺じゃないのか? 接敵する直前で足がつって、お前に手柄譲ったけどな?  中身を見て、たしかに承りましたと頭を下げる櫻。女性は満足した様子で去っていく。気づいたときには襲撃していた奴らもいなくなっていた。  公道に立っている櫻と俺。奇妙な沈黙がそこにはあった。  なんなんだ。このビミョーな敗北感は。  大一番のときに足がつったこと以上に、今のほうがすっげぇ悔しいんだが。  葛藤に気づいてない櫻に呼びかけられた。 「ソウ、帰ろ」 「お、おう」  すっと気持ちを切りかえて、寮に向かって歩きはじめた。あの妙齢の女率いる襲撃者たちとの戦いの前までは実習の感想を話していたが、今は一切ない。ただ歩く音だけが聞こえる。 「さっきの襲撃」  寮の敷地内に入り、玄関まであと数歩になったとき、櫻が立ち止まって口を開いた。どうしたと俺も立ち止まる。 「うん? ああ、あのようわからん奴らのことか」 「知ってる」 「はあ? あの女のこと、知ってるのか?」  まさか、と問いかけに頷く櫻。  って、そうか。言われてみりゃ、あの女が『あるじ』って言ったとき、コイツはなんの疑問も抱いちゃいなかったな。誰なんだ、と聞くと胡乱げな視線を向けられた。なんでそんな目を向けられなきゃならないんだ。 「皆藤理事長の秘蔵っ子っていえばわかるよね?」  櫻の言葉になるほどと乾いた声を出してしまった。そのトップである武術高校理事長の秘蔵っ子ということは。 「皆藤 茜か……――」 「うん」  櫻の頷きにげんなりする。入学式のときに養護教諭として紹介されていた女性がここに現れるなんて。しかし、よくあそこまで化けたもんだ。あのときはなんかやべぇ巨乳な姉ちゃんとして認識してたのに、今は清楚系な人にしか見えなかったぞ。 「でも、なんで俺を襲う必要があったんだ?」 「私だよ。襲われたの」  自分が襲われたと主張する櫻。馬鹿じゃないのという視線を俺に向ける。 「私が一松の首領になってから三か月。そして、私立立睿武芸高校(ぶこう)に入学して一か月。実習後の次のイベントは?」  その質問に必死で頭をひねる。  一般科と違って武術科では定期試験とともに毎月のように実習があるが、それ以外にはイベントはない、はずだ。必死になって考えてると、櫻が無表情で下から覗き込んできた。 「生徒会役員決め」  なるほど。  うちの生徒会は武術科の実技(・・)トップの生徒が理事長から直々に生徒会長に指名され、それ以外の役員は生徒会長が任命するという変わったシステム。なぜ、武術科の生徒限定なのかはよくわかってないが、おそらく高校の発祥に由来するものなのだろう。  一松 櫻(コイツ)が生徒会長に選ばれてもおかしくはない。むしろ、選ばれて当然だ。そりゃ俺がお呼ばれしないのも当然だ。 「だから、彼女は私の力試しに私を襲撃した」  淡々と説明する櫻の表情は変わらない。 「待て」  あることに気づいた。 「じゃあ、さっきの俺のアキレス腱……――」 「うん、私が蹴った」  お 前 の せ い か。 「ソウの暴走を止めるためには手段を選ばない」  選べよ。  彼女の言葉にげんなりした。とはいえども、仕方ない。じゃあなと言って、男子寮に向かう。アイツといるといつも調子が狂うな。このままだといつアイツに絆される(・・・・)かわからない。  一松の首領と伍赤の次期首領。  武芸百家は非常に封建的だ。ロミオとジュリエットよろしく、いつ引き離されてもおかしくない。できることならば、早く離れたほうがいいのだろう。  そんなことを考えながら歩いてると、うしろから足音が聞こえた。あの足音は先ほどわかれたばかりのアイツ(さくら)か。なにごとかと思って振り向くと、腹に強力な痛みがキた。  っ!?  うしろに自分の体が傾くのがわかったが、それを止めるための防御行動が取れない。  なぜ、お前は笑っている? 猫のようにニカっと笑いながら襲う? 猫のように自由気ままなヤツめ。  刹那、口の中が鉄の味に染まるのに気づいた。  体全体が堅いコンクリートにぶつかる衝撃と同時に俺は意識を手放した。
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