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霜焼け
入学して二度目の春がやってきた。
この時期はやはり騒々しい。
去年見た桜の木は去年と変わらず、満開の花を咲かせていた。
一年か…もう一年が経った。
希望と夢と可能性を持って見た桜はとても厳かで、大きく見えたが、今は普通の桜の木に見えた。
単に見慣れただけなのか、それとも…。
この変化が良いのか悪いのかは俺には見当もつかなかった。
俺は相変わらず、無気力にダラダラと過ごしていた。
そんな俺とは対照的にに野球部は活発に活動していた。
特に冬場などは普段していなかった朝練や夜遅くまでの練習をするようになっていた。
そういえば…
秋が終わりを迎えようとしていたあの時期、監督がわざわざ家まで来た。
涼しかった風が、急に凍てつくような風に変わり始めた頃だった。
「遅くなってしまってすまない。お前にはきちんとした形で謝りたかった」
律儀な人だなと思った。
遅くなったことは別に気にも止めてなかったが、この人は考えていたのだろう。
「俺の責任だ。すまなかった」
大人に頭を下げられると言う経験はなかったので思わず止めた。
「止めてくださいよ、監督。監督に責任はありませんよ。自分の責任です」
もし怪我した直後だったらこの言葉を言うことはできなかっただろう。
時間が少し経ったあの時だったから言えたのだ。
監督は渋々顔を上げたが、納得している表情ではなかった。
「見ていてくれよ。今年は本気で狙うぞ」
決意に満ちた目をして言った。
この類の目が苦手だった。
正一と話をしたあの日以来、こういった真剣な目が苦手だった。
自分はできないという嫉妬。
理由がそれなのは分かっていた。
分かってるいるけど、気持ちを持て余す。
「はい。応援しています」
やっとの思いで吐き出した言葉だった。辛いけど、言うしかない。
そうでないとこの人は帰らないだろうなと思った。
先月の三月に行われた春の大会で、うちの高校はベスト4まで勝ち上がっていた。
何人かに誘われたが見に行くことはなかった。
しかし気にはなった。
だからコソコソとインターネットで調べたのだ。
原動力はやはり、正一。
去年の俺のような獅子奮迅の活躍をしていた。
もう何にも思わなかった。
頑張ってるなぁと思うことはあっても、俺も投げたいだとか、俺もやれたのになどといった感情は出てこなかった。
もっと嫉妬するかなと思っていたけれど、そんなこともなかった。
こんなもんか。
俺の野球とかピッチャーに対しての想いなんてこんなもんだったのか。
そう思うと少し寂しい気がした。
外を見ると桜の花が舞っていた。
緩やかだが、自由に、美しく舞うその桜の花から、何故だか目を離せなかった。
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