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4.空でしか見られないもの
「こちらにお立ちください」
作業台の前に案内されて、そこに貴堂は立った。
どうするのだろうかと思ったら、紬希は奥から踏み台を持ってきて、貴堂の前にとん、と置く。
「失礼します」
そう言って、踏み台に乗った。
身長差を考えればそれはそうなのだが、その真剣さも好ましい。
それに、本人には言えないけれど、とても可愛い。
首元に彼女の手が回り、サイズを測っていく。くるりと首にメジャーが巻かれた。
まるで抱きつくに近いその距離感とそんな趣味はないはずの貴堂ですらどきりとしてしまう、その行為だ。
たおやかな紬希の手で緩く首元にひも状のものを巻かれるのが、妙に淫靡なのである。
もちろん紬希自身はそんな意識はしていないだろう。
紬希は首から肩、肩から腕へとかなり細かく採寸してゆく。
「腕、長いですね」
静かな中に彼女の柔らかい声がそっと貴堂の耳に届く。
「そうですね。既製品がなかなか合わなくて」
くすっと耳に心地よい紬希の笑い声。
「でしょうね。肩もしっかりしているけれど、その割には身体は太くはないから、既製品でぴったりのものを探すのは難しそうです」
彼女は仕事なのだから、よこしまな気持ちを持ってはいけないと分かってはいるけれども、貴堂の目の前には彼女の白い首とか、柔らかそうな胸元があったりとかして、心を落ち着けるのに相当な忍耐力を要したのだった。
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