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「……っ、そ、そんな訳ないですよね! からかいましたね!?」
身近に雪真というパイロットがいるのだ。そんなことはないことなど、分かるだろう。
あははっ!と貴堂は笑う。
「それは確かに冗談だけれど、近いものはあるよ。あとね、飛行機は運転ではなくて操縦って言うんだ」
「操縦……」
「僕らパイロットは操縦士、って言うね」
「空を飛ぶのは……怖くないんですか?」
「いい質問だな。パイロットを業務とする立場としては常に恐れるべきだと思う。けれどそれ以上に飛ぶことが、好きなんだ」
「好き……」
「真っ青にどこまでも続く空とか、雲から陽が落ちてゆく夕焼けとか、雲から顔をのぞかせる富士山のてっぺんとかね。飛行機に乗っていないと見られないものがたくさん見れる。それに人の足では辿り着けない、いろんな場所に連れてってくれるよ」
それを説明しろと言われても、貴堂は言葉だけでは言い表せないくらいだ。
それもすべて含めて一言で言うならば『飛ぶことが好きだ』としか言いようがない。
「素敵だわ……」
そういう紬希の瞳はまるで星の中にいるようにキラキラとしていた。
そうか……と貴堂は思う。
空の上で見るものは、空の上でしか見られないものも多い。
紬希のこの表情も、きっと気を許した相手の前でしか見せない。
空の景色をいとおしく思うように、紬希の自分に対する気持ちもいとおしく思える。
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