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きっと誰にでも見せるわけではないその表情がいとおしい。
壁に置いてあるたくさんの布を手にしている紬希の後ろ姿を見ながら、貴堂はそんな風に思ったのだ。
彼女を大事にしたいという花小路の気持ちにも納得した。確かに彼女には得難い何かがある。
紬希はどきどきと胸を高鳴らせながら、生地を選んでいた。こんな風になることはない。
貴堂は今まで紬希が接してきたどんな人とも違った。
褒めてくれて、認めてくれて、あまつさえ触れることさえできた人。そんな人は今までいない。
「へぇ……、白い布だけでも何種類もあるんだね」
紬希の後ろからは感嘆したような声が聞こえた。その声に紬希はどきんとする。
──こんなに心臓がどきどきしていて大丈夫なんでしょうか……。
とかく注目を浴びることが嫌で、人との距離を置いてきた紬希には胸の高鳴りすら初めての経験でどうすればよいのか戸惑ってしまう。
それでも何とか布を準備し、作業台に準備をした。
「白はシャツの基本カラーなので。布の厚みや織り、素材なども含めると果てしない種類あります」
「なるほど……」
そうは言っても貴堂は作業台に触れるようなことはしない。紬希の後ろでその手元を見ているだけだ。
それでも紬希は緊張してしまう。
そもそも紬希はネットでの注文を主な取引としているのでこんな風に直接サイズを測ったり、直接素材を選んでもらうようなことは雪真以外には今まであり得なかったことなのだ。
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