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「仮縫い?」
「はい」
貴堂は面白そうな顔になる。
まさか、お礼がそんなものだとは思わなかったのだ。
「うちでは仮縫いはしないのですけれど、本当はした方が身体にピッタリのものが作れるのです。でも……お忙しいですよね」
つい、笑みのこぼれる貴堂だ。この人はどこまで仕事が好きなのだろうかと思う。
「いや。せっかくなのだし、ぜひとも協力させてもらおう。けれどそれでは僕が得をするだけでお礼にはならないな……」
「お礼なんて……本当にいいんです」
考える表情を見せる貴堂に、俯いて紬希は伝えた。お礼なんて本当にいいのだ。それよりもいいものを作って、貴堂に渡したかったから。
「この後、お昼ですよね。ではお昼ご飯をごちそうさせてくれませんか?」
「あの……私……」
人が苦手なのだと言おうとして、察した貴堂が真っ直ぐに紬希を見ていた。
口元に柔らかい笑みが浮かんでいて、何となくこの人なら大丈夫、という気がする。
「うん。承知しています。僕に任せてもらえませんか?」
少し強引にも思えたけれど、貴堂はきっと紬希に無理強いをする人ではない。それだけはなぜか紬希ははっきりと分かっていた。
それでも外に出ることはとても苦手なのである。
そのせめぎ合いは紬希の中では大きなものだ。
「紬希さん、大丈夫。何か言われても僕が守ります」
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