10075人が本棚に入れています
本棚に追加
それでも、紬希のあの耳に心地の良い声が聞きたかった。
会いたいと言ったら、とても小さな声で照れたように『私も会いたいです』と言ってくれたのだ。
それを聞いた貴堂は息を呑みそうになった。きっとまたあの白い頬をふわりと赤くしてそっと言ったのに違いないから。そんな姿が目に浮かんで、言葉を失くしてしまったのである。
今、彼女が自分の近くにいたら、きっと思いきり抱き締めてしまっていたはずだ。
思わずこぼれてしまった今すぐ会いたい……は心からの気持ちだ。
けれどきっと紬希はそんなことを急に言われても困るだろう。紬希はとても焦っていた。困らせたいわけではないのに。
なのに彼女は『私、待ってますから』と言ったのだ。
普段だって、貴堂は運航に関しては当然のこと充分気を付けるのだが、待っている人がいる、ということがこんなにも無事に帰らなくてはいけない、という気持ちにさせられるものだとは思っていなかった。
紬希は作業場の窓を大きく開く。
網戸にしてから、レースのカーテンを引いた紬希は作業場を振り返った。
作業台の上に置いてある貴堂の仕立て途中の仮縫い用のシャツに口元が微笑んでしまう。
(あと、ちょっとかな)
通常はネットなどでもらったデータの通りに淡々とシャツを作成していくことが多くて、仮縫いまでさせてもらったことはないからだ。
最初のコメントを投稿しよう!