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花小路がすうっとそのシャツを撫でる仕草が、妙に艶かしい。
「そんなにいいものなんだ……」
「そうですね。おそらく、僕だけがそう思っているわけではないと思います。彼女のところには注文がひっきりなしで、中には政治家だったり、大きな会社の重役やオーナーを顧客に抱えているようですから」
今まで無口で愛想がないと思っていた花小路が、嬉しそうに饒舌に喋るのを貴堂は見ていた。
「すごいな」
「けれど、とても謙虚で、彼女自身は一切表には出ないんです。まあ、少し内気というのもあるんですけど」
「いいな。着てみたい」
それはぽろっと口から出てしまった言葉だった。
「頼んでみましょうか?」
「いいのか?」
大事だと言っていた花小路からの提案に貴堂が聞き返すと、花小路は頷いた。
「ええ。ただ、注文が立て込んでいると、かなり時間はかかりますが。僕も半年ほど待って、ようやく先日受け取れたので」
半年も待つと聞いて、貴堂はさらに驚く。
確かに着てみたいという気持ちはあるものの、そんなに忙しいのでは、迷惑なのではないかと思うのだ。
「そんなにかかるんだな」
「すべて手工程なんです。もちろんミシンは使いますけど、一部は完全な手縫いなので」
「手縫いのシャツか」
「着てみると良さが分かると思いますよ」
「あ、うん。だろうな」
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