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着替えを終えた貴堂はその通路を慣れた様子で歩いて駐車場に向かった。
車にもたれて、少しだけ考えた貴堂は携帯を取り出す。
この数日間、紬希とはメールだけのやり取りだった。
そのすべてに紬希は彼女らしい丁寧な返信をくれていた。ショーアップ(出社)してからの自分はパイロットであり、業務が最優先となる。
けれどその業務が終わり、貴堂誠一郎個人に立ち返ったときに、貴堂は紬希の声が聞きたいと思ったのだ。
腕時計を確認すると今の時間は20時である。紬希の仕事も一段落着いた頃なのだろうか。
紬希に電話をかけコールしている間、はやる心臓の高鳴りを抑えることが出来なくて貴堂は苦笑した。
──本当に大人げない……。
『貴堂さんっ!?』
さらりとした紬希の声が好きだ。
「こんばんは」
『……おかえりなさい』
先ほどまで意気込んでいたような声だったのに、挨拶をしたら急に照れたような声になってしまうのも可愛い。
こんなやり取りはなんとくすぐったいものなのだろうか。
けれど、悪くはない。
こんな"おかえりなさい"はなんだかとてもいい。
「ただいま」
『月が……』
「月?」
まだ車の外にいた貴堂は空を見上げた。空には綺麗な月がかかっている。
(この月を一緒に見ているのか)
『こんなに綺麗に見えるのだから、お天気は良かったのですね』
紬希の柔らかな声に、貴堂はとても穏やかな気持ちになった。
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