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「そうだね。とてもいいフライトだった」
『良かったです』
きっと紬希はあの作業場の大きな窓から外を見ているのだ。貴堂のために好天を祈りながら。
「紬希?」
『はい』
「お願いがある」
『なんですか?』
「会いに行っていいだろうか」
思わず口をついて出ていた。
電話の向こうが一瞬しん……として紬希にはやはり無理か、と貴堂が諦めかけたときだ。密やかな声が受話器から聞こえた。
『……はい。お待ちします』
貴堂は通常後先考えずに発言することはない。
結果や工程を意識しながら話をする。これは職業病の一種でもあり、性格でもあるのだ。
けれど、今の"会いたい"は完全に後先は考えていなかった。
そんなお願いに、紬希はいいと言ってくれたのだ。
こんな風に感情の赴くままに会いたいと思う人はいない。
「30分ほどで到着すると思います」
そう言って貴堂は通話を切った。
どうなるかは分からない。けれど、成り行きに任せようと貴堂は車に乗りエンジンをかけた。
成り行きに任せたとしても臨機応変での判断力には自信があるのだから。
貴堂が帰る日が今日とは知っていたけれど、今日会いたいと言われるとは思っていなかった紬希である。
(ど……どうしたらいいのでしょう)
とりあえずボディに着せかけていたシャツを脱がせて、アイロンをかける。
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