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一瞬、そこで会話が止まった。
やはり彼女のことは触れてはいけないタブーみたいだ。
困ったような顔をする和久井さんを見ていると、以前彼女とはなにかあったのかもしれない。
付き合ってはいなかったにしろ、その寸前までいったのではないかと、私の女の勘が働いた。
「もちろん来てないよ」
彼女は一度も来ていないのだ。そう考えたら、彼の部屋にいる今の自分の状況がすごく幸せに思えてくる。
少なくとも、私のほうが和久井さんにより近い場所にいる。
そんなことで自分が一歩リードした気になるなんて、私の性格はあきれるくらい単純だ。
「彼女は営業部の先輩の恋人なんだ。たとえどんな理由があったにせよ、万が一でも俺が彼女を部屋に引っ張り込んだら、確実に俺は先輩に殺されるから」
和久井さんは冗談めかして笑い、なにかを思い出しているかのように部屋の壁を見つめた。
私は酔ってるとはいえバカだ。
和久井さんに、彼女とのことを思い出させるような発言をしてしまった。
彼女には一刻も早く、和久井さんの心の中から出て行ってほしいのに。
自分がバカすぎて、それが情けなくて……泣きたくなってくる。
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