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そのあとしばらくして、和久井さんは無事に専務と会うことができた。
「今日はいつもより専務の表情もやわらかかったし、話も長めに聞いてもらえたよ。どら焼きを差し入れできたからだよね」
専務との話が終わってエレベーターを降りてくると、和久井さんは真っ先に私たちのいる受付にやってきてうれしそうに報告してくれた。
「全部夏野さんのおかげだよ。ありがとう」
「いえ、そんな……」
和久井さんは何度もお礼を言ってくれるけれど、私はなにもしていない。ただ社内で小耳に挟んだことを伝えただけだ。
好きな人が困っていたら、どうにかして助けたいと思ってしまう。なにか突破口でも見つかれば、と。
キラキラと輝く和久井さんの綺麗な笑顔を見たいから。
「あとは、専務は少し前から趣味で釣りを始めたそうです。海釣りらしいですよ。……こんな情報、いらないかもしれませんけど」
これも秘書課の人が話していた情報だ。専務が仕事中に高級釣竿を買いに行ったままなかなか戻ってこなくて困ったと嘆いていた。
「そっか、海釣りかぁ。今度話をしてみるよ」
どうやらその情報も、話のネタくらいにはなるみたい。
「夏野さん、なにかお礼させてね」
「いえいえ、それは大げさです」
こんなことくらいでお礼をされたら逆に申し訳ない。私は和久井さんがよろこんでくれれば、それでいいのだから。
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