1.恋心

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 どうしよう……  電話を切ると同時に眉間にシワを寄せて考え込む私の様子に気づいて、「どうかした?」と和久井さんが目だけで問いかけた。 「申し訳ありません、専務は出先での所用が長引いておりまして、あと四十分から五十分はこちらに戻れそうにないと……」 「そう……ですか」  和久井さんはとくに驚いた様子もなく、そのまま静かに腕時計に目をやった。 「待たせてもらっても大丈夫でしょうか」 「はい。和久井さんこそお時間大丈夫ですか?」  和久井さんにも時間の都合があるだろう。このあと違うアポがあるかもしれないし、うちの専務に振り回されるのは気の毒だ。 「ありがとう。大丈夫。このまま帰るわけにもいかないからね」  和久井さんは少し困ったような表情を見せつつも、営業マンとしてのメンタルは強靭みたいだ。そういうところも素敵だと思う。 「あそこ、少し借りていいですか?」  和久井さんが、ロビーの隅のついたてに囲まれたスペースを指さした。  ちょっとした打ち合わせなど、誰もが自由に使える場所だ。  私が「はい」と返事をすると、和久井さんはそのままツカツカと歩いて移動した。
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