372人が本棚に入れています
本棚に追加
「はは。もう専務の性格にも慣れたよ。はっきりと帰れって言われてないんだから待てばいい。仕事の話は……また聞いてもらえないかもしれないけどね」
鞄から書類を取り出してテーブルの上に広げている和久井さんを見ると、なんだか切ない気持ちになった。
なんとか専務に話を聞いてもらいたいと、こんなにも一生懸命なのに。いったいどうしたら専務はとりあってくれるのだろう。
「あの……余計なお世話かもしれないのですが」
少しでも和久井さんの役に立ちたくて、気がついたら私は思いついたことを話し始めてしまっていた。
「専務は最近、どら焼きが好きなんです!」
「……え?」
私の突拍子のない言葉に、和久井さんはわけがわからず、一瞬ポカンとした。
実は先日、専務がとあるお店のどら焼きを気に入っていると、社員食堂で秘書課の人たちが話しているのをたまたま聞いたのだ。
そこは私も知っているお店だったから、すぐにすんなりと頭にインプットされた。
「どら焼きです。しかもうぐいす餡の。なにか話のネタにでもなればといいんですが……」
仕事中にどら焼きの話なんて、あの専務が相手なのだから無理かもしれない。そう考えたら、私は浅はかなことを助言したと恥ずかしくなった。
最初のコメントを投稿しよう!