星の帰り道

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 『  』が一人、世界に降り立つ。  この世界のどこかに、君がいる。  今すぐ駆け出して君を探しに行きたい衝動に駆られる。でもすぐ、首をぶるぶると振る。  僕はずっと前に決めたんだ。君に思い出される前に、消えるのだと。  誰にも見つからないように、そうっと街の中を行く。別に君以外の誰かに見られたからと言って問題があるわけではない。  けれど、万が一にもその人の人生に影響を与えてしまわぬとは言い切れず、結局は極力隠れて行動をすることが、誰にも迷惑をかけない最善の策だった。  この世界には、君以外にもたくさんの人がいる。僕は君以外の人がどういう人なのかを、よく知らない。  昔、君から教えてもらった話だと、優しいやつもいればずる賢いやつもいるし、信じられないくらい悪逆非道の悪いやつもいる。  君は、真っ直ぐな温かいやつだったな。  街の中、すれ違う人はみな何かに追われるように忙しく、せかせかと歩いている。スーツに身を包んだサラリーマン風のおじさんが、ハンカチで汗を拭いながら足早に道を歩く。耳に携帯電話を当てながら、困った顔で誰かに謝っているようだった。目の前には誰もいないのに、時折り頭をペコペコと小さく何度も下げているのが印象的だった。  君は昔、絶対にスーツなんて着ないと言っていたね。僕はそのとき、あまり意味がわからなかったのだけれど、今なら少しわかる気がする。  だって、街ですれ違うスーツを着たたくさんの人が、さっきのサラリーマンと同じように、街をせかせかと、かつペコペコと行くのだから。  思ったよりも、世界というのは大変そうだった。いや、現実というのは、やはり甘くないのかもしれない。昔、君から教えてもらった世界に関する話があまりにも輝いていたものばかりで、僕は勘違いをしていただけかもしれない。  いよいよ、君の安否が心配になってきたところでもあった。  
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