夕立ちの蝉

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夏の暑さが増したある日、地中から一斉に這い出して、太陽の光を浴び鳴き続ける、なんとも奇妙な昆虫。そんな蝉たちがいまは、激しい雨に気圧されてすっかりなりを潜めている。 雨脚を気にしながら京子は、なんとなくそんな蝉たちのことを、ぼんやりと考えていた。 耳鳴りみたいにずっと聞こえていた鳴き声。聞こえないとかえって違和感を覚えてしまう。 どこかで、この夕立ちをやり過ごしているんだろう。自分のように。 かつて、なにかの店だった──廃墟と言ってもいいような山道へ続く無人のドライブイン。側道に掲げてある看板は『ようこそ成田山へ』という文字だけがかろうじて読めた。つたや木の枝が生い茂り、屋号はかすれて見えない。たぶん赤い所はコーラのロゴ。落書きされたシャッター。もう何年も手入れされていないのは確かだった──その店先で京子はため息をつき、頬に張り付く髪を耳にかける。汗とも雨ともつかない雫が首筋を伝う。 土と草と雨の匂い。鼻につくとくしゃみが出た。 「(ツァォ)……」
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