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妻と5歳になる一人息子を連れて実家に帰省、墓参りを済ませ実家から数キロの所にある旅館に宿泊した。
旅館に荷物を置き近くの河の河原に遊びに行く。
河原の土手に腰を下ろし、息子と実家で飼われている犬が産み息子が貰い受けた仔犬が戯れているのを眺める。
息子と仔犬が戯れているのを眺めるていたら思い出した。
俺も昔犬を飼っていた事を。
5歳にも満たない子供の足で遊びに行ける範囲に歳が近い子供がおらず、幼稚園から帰宅するとテレビゲームをするしか無い俺を不憫に思った歳の離れた兄が、この子を友達にしろと仔犬を貰って来てくれたんだった。
真っ黒な毛玉の仔犬にクロと名をつけた俺はゲーム遊びを止め、幼稚園から帰宅すると仔犬と游ぶようになる。
河原を走り回っていた息子と仔犬が落ちていた小枝の取り合いを始めた。
仔犬が歯を剥きだして息子を威嚇、それに息子が我が物とした小枝を振り上げる。
あわやってところで妻が介入し息子と仔犬に教育的指導を行う。
クロもよく反抗する犬だったな、その度に喧嘩になった。
成犬になったクロは俺の顔を見る都度歯を剥きだしにして威嚇してくるようになる。
もっとも成犬になっても俺に勝てなかったけど。
遊び疲れて眠そうな顔の息子と息子の腕の中で眠っている仔犬を見て、旅館に帰る事にする。
そういえばクロは何時居なくなったんだっけ?
息子と仔犬を抱っこして河を跨ぐ橋を渡っているとき思い出した。
小学校4年か5年の頃だったか、ここら辺までクロを散歩連れて来たとき逃げられたんだ。
探したけど見つからなかった。
5〜6年一緒に暮した大事な友達の事を何で忘れてしまっていたんだろう?
旅館に帰り温泉に浸かり豪華な食事を食べ就寝。
深夜、仔犬の鳴き声で目を覚ます。
目覚めた俺の目に、煙が部屋の中に充満しつつあるのが映る。
火事だ!
妻と息子を叩き起こし部屋のドアを開け廊下を覗う、廊下の煙はまだ薄い、妻と息子を廊下に誘導し逃げる方向を指し示す。
妻と息子に続こうとした俺の耳が「キャンキャン」と鳴く仔犬の声を捉えた。
部屋の中に戻りかけたが、煙が充満している部屋で仔犬を探すリスクを取るより、犬なんてまた貰えば良いんだという思いが勝ち廊下に戻る。
妻たちを送り出して1分も経っていない筈なのに廊下に煙が充満していて逃げる方向が分からない。
「ワンワンワンワン!」
逃げる方向を探す俺の耳に犬の吠え声に聞こえた。
その犬の吠え声は「此方だ!」と言っているように聞こえる。
俺は犬の吠え声が聞こえる方へ逃げた。
逃げる方向に迷う都度、「此方だ!」という犬の吠え声が聞こえ誘導される。
吠え声に誘導され逃げこんだ部屋に黒い犬がいた。
そこは行き止まりで背後から炎が迫って来ている。
「オイ! 出口は何処だ!」
俺は犬に怒鳴った。
犬が振り返る。
何処かで見たことがあるような顔をしている振り返った犬が喋った。
「出口だって? そんなものあるわけ無いだろ」
「何だとー! 逃げる方向に誘導してくれていたんじゃ無いのか?」
「お前、俺の顔を見てまだ思い出せないのか? 俺だよ俺。
お前のストレス解消の道具として殴る蹴るされ、脅えて牙を剥きだして威嚇するとバットや木刀で半殺しの目にあわされ、最後には橋の上から河に投げ落とされ殺された飼い犬のクロだよ。
思い出したか?」
「……………………」
炎が迫り、寝間着代わりに着ていた浴衣に火がつく。
「熱ー!」
浴衣の火を叩き消す。
「あの時は悪かった、謝るから助けてくれ、頼む」
「投げ落とされ、必死に河岸に辿り着き、痛む身体で助けを求める俺にお前は何をしてくれた?
覚えて無いか?
橋の上から笑顔で俺を見つめ、笑いながら手を振って帰って行ったんだ。
その時の絶望をお前も味わうがいいさ」
「助けてくれ!」
「嫌だね。
ああ1つ教えてやる。
仔犬はお前の息子が抱きかかえて逃げたよ。
ほら、お前が聞いた仔犬の鳴き声だ、キャンキャン。
上手いだろ?
ハハハハハハハハハハハハ」
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