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銀二は、歩道を一直線に進んだ。
その強い目からも、迷いは一切感じられなかった。
目的地へ到着した。
こじんまりとした、定食屋だった。
くたびれた藍色の暖簾には、「いにしえ」と書かれていた。
「いらっしゃいませぇ」
第一声は、暖簾同様にくたびれた声だった。
席へは案内されることなく、古びた盆にお冷を乗っけて、店主が近寄ってきた。
「ナポリタン。ナポリタンをください」
近くの席に着席するや否や、銀二は注文をした。
「いや、ナポリタンはご用意しておりません」
昔ながらのおばちゃん店主は、不機嫌そうに言った。
「いや、前例がないのであれば、作ればいい。至極見易い話じゃないか」
「あっ。そうくるのねえ。了解だっぺ」
あからさまに口調を変えた店主は、その勢いでキッチンへと、引っ込んでいった。
注文が通ったのかは定かではない。
だが、銀二の気持ちは清々しかった。
言ってやったぜ。
そう言わんばかりの佇まいで、ポケットからタバコを取り出した。
ゴホンッ、エホッ、ガハッ、カァッペッ
咳払いの主は、隣のテーブルに座っていた、無精髭を生やしたダンディな男性だった。
わざとらしい咳は、まるで何かの合図のようだった。
咳払いのついでに吐いた痰に、蟻がからまって抜け出せなくなっていた。
『全席禁煙』
銀二は火をつけてから気づいた。
一本くらい。
そんな気持ちから、銀二は勢いよくタバコを吸い上げた。
みるみるうちに、タバコの葉が灰化していった。
「やめろおおおおおおお」
ダンディな男が、銀二の座るテーブルに突進してきた。
銀二の、吸っている最中のタバコを握りつぶした。
「ここは、禁煙だ。だが、俺は吸う」
そう言うと、男はマルボロを加えて自席に戻った。
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