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第1話 俺ってモブですか?
ガキンッ
訓練用の剣がぶつかる音がして、受けとめ損ねた俺はそのまま後ろに倒れた。
受身が取れなかったから、まともに後頭部を地面に叩きつけることとなった。その瞬間、何かを見てしまった。いわゆる走馬灯のようなものなのだろうか?俺の記憶が流れてくる。一瞬のうちに大量の記憶を見たからだろうか?俺はその情報を処理しきれずにそのまま気を失った。
半分意識のある状態で、イロイロなものが脳裏に浮かんでは消えていくのをぼんやりと受け止める。そうして、ようやく理解が出来た。
ここがCEROのZ区分に入るゲームの世界だと言うことに。
俺は改めて自分の手を見た。袖を見る限り着ているのは軍服。攻略対象に軍服を着ているのはいなかった。つまり、俺はプレイヤーにはなっていないようだ。モブだ。ありがたい。うっかり攻略対象になんてなっていたら、間違って攻略対象の男性陣に攻略される場合だってあるからだ。
俺は安堵して深いため息をついた。
「ようやく気がついたか」
聞きなれない男性の声がして、俺は体がビクリと震えた。やばい、独り言は声に出してなかったよな?万が一声に出ていたら、頭打ってヤバいことになった奴と認定されてしまう。
「あ、あの」
誰だか分からないため、なんと返事をしたらいいのか分からなかったし、何より頭を打った人間がいきなり起き上がっていいものなのか?
「ああ、まだ起き上がらない、検査をしないとな」
やっぱりな返事をされて、俺はとりあえず大人しく寝たままで相手が現れるのをまった。
なにか道具をのせたワゴンを押して、その人物は現れた。
「失礼するよ」
そう言って、懐中電灯?的なもので俺の上まぶたと下まぶたの裏側を照らして何かを確認していた。
「ふむ、どこか痛むところは?」
「ありません」
「ふむ」
手が俺の後頭部に回る。
「痛いところは?」
後頭部を指がゆっくりと押しているのが分かる。が、くすぐったいだけで痛みはない。
「ありません」
「ふむ、では起きてみようか」
俺が起き上がろうとしたら、背後から誰かの手が肩に回された。視界の範囲外だったため、思わず身構えたが、慣れた手つきでそのままベッドに上半身を起こした形で座らされた。
「目眩は?」
「ありません」
「ふむ、視界が狭いようだな。彼女が見えなかっただろう?」
言われて頷いた。隣に立っているのが分かるのに、肩に手を添えている人物が見えない。
「足をこちらに下ろして」
言われて体の向きを変える。背中を見えない彼女が支えている。
「いくつか質問をするから、答えてくれ」
「はい」
「名前は」
「ファルシオン」
「歳は」
「18」
「所属は」
「まだ、配置前です」
「ふむ、では鏡で自分の顔を見たまえ、記憶の顔と一致しているかな」
手鏡を渡されて、自分の顔を見た。
鏡に映っているのは瀬川大輔ではなく、恋愛シュミレーションゲームのモブとしてはそこそこな顔だった。攻略対象はとにかくイケメンたちが揃っているが、そこは恋愛シュミレーションゲームの世界、モブだってそれなりに男前になっているようだ。
ちなみに、先程のやり取りの答えは勝手に口から出てきた。これっぽっちも自分で悩んだり考えたりはしていない。このキャラの記憶なんだろう。
「どうかな?」
「俺ですね」
いや、まぁ、本音を言えば、俺の顔これなんだぁって、驚いてるけどね。
「ふむ、まぁいい。とりあえず、丸1日も寝たきりだったからな、今夜も大事をとってここに泊まってもらおう」
「はい、わかり…え?」
「君が倒れたのは昨日の昼過ぎ、日付が変わってもう夕方だよ」
言われて俺は窓の外を見た。確かに夕方っぽい空だけど、丸1日?
「どうりで、腹が減っているわけですね」
時間経過が分かった途端、俺の腹は盛大に鳴り響いた。
1人で歩かれるとまだ危ないということで、俺はさき程まで見えない位置にいた彼女に付き添われてトイレに行った。彼女は予想通りに看護師だった。
まぁ、一応付き添ってくれているだけで、介護ではないので一安心ではある。
丸1日ぶりの食事は美味かった。転生に気づいて初めての食事だったが、味付けは体が資本の兵士らしく、だいぶ濃いめで量も多かった。
風呂に入った時も、看護師の彼女が付き添ってはいたが、扉の外で椅子に座って待っているだけだった。うん、介護ではないからね。と自分に言い聞かせるのだった。
翌朝、朝食を取って、医師の診断を受け、問題ない。との太鼓判をもらって兵舎にむかった。
隊長に深深と頭を下げると、特に叱咤されるわけでもなく、すんなりと訓練に参加させられた。体育会系のノリではないようで一安心だ。
学校を卒業してから軍に入り、3ヶ月さらに訓練を受けると、正式に配属されるらしい。というのは
記憶の中にあった。
俺は地方出身の平民だから、下町の警備兵あたりに収まるのではないかと予想している。なにせ、モブだから。
モブだとも思って過ごしているのに、何故だか訓練中にも関わらず、サロンに遊びに来た令嬢たちが迷子になるから保護してサロンに送り届ける。という言わば迷子係になってしまった。
モブなのに、綺麗な令嬢と戯れることが出来て、俺はちょっと得した気分だった。
そんなちょっとお得な気分を味わってい俺に、ちょっとした事件が起きた。いつもの通りに令嬢をサロンに送り届けようとしていたら、なぜだかキラキラオーラを纏った王子に捕まったのだ。しかも、令嬢だと思っていたのは王子の妹デリータ王女だった。
おかげで、俺を挟んでの兄弟喧嘩がぼっ発し、俺は騒ぎの原因と親衛隊にお咎めを食らうのでは無いかと内心肝を冷やしていた。
そんな時に隊長が俺を探しに来てくれたのに、何故か俺の配属先は親衛隊になっていた。
なぜ?
俺は兵士だったのに。親衛隊になるなら、騎士学校を出ないと行けないはずなのに。
なぜ、こうなったんだろう?
俺は内心頭を抱えていた。
「お前、名前は?」
椅子に座って足を組んだ状態の王子が、気だるげに俺の名前を聞く。ああ、こんなセリフもゲームにあったよな。王子は必ず言うんだよ、これ。
「はい。ファルシオンと申します」
俺は頭を下げたまま答えた。高貴なるお方の顔を見るなんて不敬にあたるからな。
「大層な名前だな」
不機嫌そうな声で言われると、何だか自分が悪いような気がしてくる。
「祖父がつけました」
なんだかよく分からないけれど、言い訳をしてしまう。これが王子マジックなんだろうか?よく分からないが、自分を卑下してしまう。
「ふむ」
何やら考え込む仕草をして、手の甲を顎にあてている。その姿がまた憂いを帯びて、 背筋がゾクゾクするのだ。殺されるかも……なんだかよく分からないが、気分ひとつで殺されるかも。そんな予感しかない。
「お前は今日からシオンだ」
え?なんつった?なんだって?
俺が返事もしないで黙っていると、咳払いが聞こえた。あ、ああ、そうか、俺の事なんだ。
「名前を賜りまして光栄にございます」
ってー!!!
ちがーうー!!
そ、その名前は、その名前はダメなやつ。
ダメだ、その名前は、だって、その名前は、
攻略対象の、名前じゃないか!
やばい、俺、攻略対象になっちまった。
何故だか俺は、配属先として王子の御前にいた。
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