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第10話 前世の記憶と
親衛隊も騎士なので、訓練所で剣術の鍛錬はかかせない。
兵士としての訓練しか受けていない俺は、先輩たちから騎士としての剣術の訓練を受けていた。
兵士と何が違うのかっていえば、騎士道。国を王族を護ると言う尊い使命を持って行動するということで、第一は王族の命優先。貴賎の区別を付けない。とか、なんか精神論的なものを読まされた。武士道に似ていると思う。
俺が先輩と手合わせをしていると、隣で訓練している第三騎士団がこちらの様子を伺っていた。
「まずいな」
手合わせをしていた先輩がボソッと呟いた。意味がわからず俺が先輩を見ていると、説明をしてくれた。
つまり、この間のサロンの騒ぎは王宮担当の第三騎士団が請け負う事柄だったのに、王女のサロンの事だからと第二騎士団親衛隊が横取りをした。と捉えられているらしい。で、手柄を横取りしたと目の敵にされているのが俺。
「イチャモンつけられます?」
「いや、そういう事じゃなくて、だな」
訓練所の入口辺で、第三騎士団となにやら揉めているように見える。たまたま訓練の時間が重なったタイミングで、これまた運良く俺がいたということなのだろう。
「手合わせを申し出て、お咎めのないようにお前を叩きたいんだろう」
「あ、俺、ボコられるの前提なんですね」
「騎士学校も出ていない平民出身のお前など、訓練の的程度と思われている」
結構なことを言われて、俺は内心へこんだ。確かに、剣術はたいした腕前ではない。幼少の頃から家庭教師を雇い、騎士学校で訓練を積んできた貴族と比べれば、田舎から出てきて兵士の訓練しか受けていない俺など、本来なら相手にならない取るに取らないような小物なのだろう。
今更俺が居ないことには出来ないようで、団長がゆっくりと俺たちのところにやって来た。
「第三騎士団が手合わせを申し出てきた」
「でしょうね」
二人は俺の顔を見る。
「えーっと」
俺はこの、緊張感漂う状態に胃が痛くなった。
フルボッコにされるのを分かりつつ、手合わせというものを受けなくてはならないのだから。恐らく、あの日取り調べをしようとしていた騎士が俺の相手になるだろう。あの時俺を見る目は相当なものだったからな。
手合わせをするにあたって、使う木刀は第二騎士団のものを使うことになったらしい。疑う訳では無いが、第三騎士団の物に何か細工をされていないとは限らない。
組み合わせは、恐ろしいことに第三騎士団からのご指名制となった。俺史上、最も嬉しくないご指名制だ。
「気をつけろ」
隣にたつ先輩が、俺の耳元で囁く。
「こちらを見てニヤついているやつがお前を指名するだろう」
言われてそちらを、見ると騎士にしては少し感じの悪い笑顔の男がいた。
「伯爵家の三男と言うせいでなかなか素行がよろしいやつだ」
言い方、先輩、言い方が!
先輩の説明だと全くもって騎士道に法っていないように思われる。
俺は目の前で繰り広げられる騎士たちの手合わせを眺めていた。俺もアレをやる?
いや、無理だろう。ぶつかる木刀の音が重い。あんな重たい音を立てて打ち合うとかない。
訓練用の軽装ではあるが、しっかりとした胸当てと篭手とかそれなりに重たいもんだ。俺の基本は体育の授業の剣道なので、そもそも足の動かし方からして違うのだ。
きちんと訓練を受けてきた騎士同士の打ち合い、しかも因縁つけているような間柄でのものともなると、なかなかに激しいものである。
すげーやりたくない気分でいっぱいなのに、案の定、先輩の言っていたやつが俺を指名してきた。
めちゃくちゃ気分が乗らないまま、俺は手合わせの場に立った。
「お前、王子殿下のお気に入りらしいな」
そいつが言った一言で、親衛隊たちはそいつを睨みつけた。知っているのならという無言の圧だ。
「顔はやめておけよ、王子殿下に殺されるぞ」
第三騎士団たちが揶揄する。
俺みたいな平民出身のぽっと出が、王子のお気に入りと言うのは大変遺憾なことらしい。
「どの辺が気に入られているのか教えてもらいたいねぇ」
貴族らしくない下卑た笑い声が耳障りだった。
だからといって、俺は剣術に自信などない。
掛け声とともに、相手は俺に重い一撃を放ってきた。そもそも体格差がある。田舎育ちの俺は貴族として産まれ育ってきたコイツとは違い、全体的に肉が着いていない。兵士の訓練を受け始めてようやく体を作れる食事を取れるようになったからだ。
どう考えても俺の体は薄い。
避けきれない打撃は木刀で受けるものの、その重たい一撃は確実に俺の握力を奪っていく。逃げるだけではどうにもならないが、反撃できるほど相手に隙がある訳でもない。
先輩の言った通り、俺はボコボコにされるというわけだ。無様に殴られて飛ばされるか、良くて尻もちをつかされるか、そんなところで終わればいいのだけれど。
困ったことに、相手は俺をなぶりたいらしい。
いいように振り回されているのがよく分かる。俺が打ち込むより早く打ち込まれてしまうため、俺の一撃は弾かれる。そこにすかさず打ち込まれるわけで、それを慌てて防ぐ。というのを繰り返すだけのくだらない打ち合いだ。
相手の一撃の重さにそろそろ俺の握力が耐えられなくなってきた。重たい一撃で俺の重心が下に動いた時、すかさず上から一撃が落ちてきた。
「くっ」
慌てて避けようと動いたけれど、全く間に合わなかった。俺の木刀は弾かれて相手の木刀が額を掠める。
目の前が一瞬赤だか黒だかの色彩になった。その瞬間、両手が空いてしまった俺は、勝手に体が動いていた。
前世の記憶だ。
ずっとやっていた格闘空手。対武器戦もしていたため、その時の記憶のままに体が動く。相手の懐に半歩入って、そのまま拳を抑えて肘を相手のプロテクターの真下、鳩尾に押付けた。
反対の手で拳を押し込む。たった半歩の踏み込みだが、俺の体重をかけた一撃はそれなりに重かったようで、相手が後ろに飛んだ。
俺は相手が倒れる前に二激目の回し蹴りを相手の首に落とした。
相手は完全に落ちて、地面に崩れ落ちる。審判をしていた騎士が慌てて、止めに入ってきた。だが、額が切れて血を流した俺は、何かが吹っ飛んでしまったらしく、静止がきかない。
背後から羽交い締めにされて、俺はようやく動くのをやめた。俺は興奮しているのか、短く浅い呼吸を繰り返していた。
引きずられるように俺は部屋にいれられた。訓練所にあるちょっとした執務室のような部屋だ。テーブルと椅子が置かれているだけの簡素な部屋に俺は押し込められた。
切れた額の手当をされながらも、まだ俺は短く浅い呼吸をくりかえす。前世の記憶と血の匂いで興奮が治まらないのだ。
俺を羽交い締めにしておるのは団長らしい。傷の手当をした先輩に、水をバケツで持ってくるよう指示をしている。
そんなもんどうするのかと思っていたら、羽交い締めにされたまま、俺はバケツの水の中に顔を突っ込まれた。
「げほっ、かっは」
ただでさえ呼吸がおかしいのに、さらに追い打ちをかけるように水に顔をつけられては、嫌でも息が止まる。こんなことして、手当の意味はあるのだろうか?
「落ち着いたか?」
背後から耳元で尋ねられると、少し背中がゾクゾクとする。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
先程よりは俺の呼吸も少しは深くなった。肺に空気が入るのがわかる。
「はぁぁ、はぁ、はぁ」
呼吸の間隔が少し長くなり、俺は強ばった全身の筋肉が緩んだのが分かった。それは背後の団長にも伝わったようで、ようやく羽交い締めの拘束を解いてくれた。
俺を椅子に座らせると、団長は一度外に出た。
俺はぼんやりと壁を眺めていた。咄嗟に前世の記憶で体が動くとはおもっていなかった。
俺が格闘空手を習ったのは、喧嘩の仕方を覚えるためだった。何も知らないと、やりすぎて相手を殺してしまうことがあるからだ。ちゃんと加減をしって、本当の強さを身につけたかったから。そうしないと、何も守れないから。だから、自分より弱い相手に手は出さなかった。誰かを傷つけるのは怖い。
だが、今回は自分の血を見てしまったことと、明らかに相手が格上と判断して体が勝手に動いただけだ。
前世の記憶で。
さて、これをどう、説明しようか?
などと考えていたら、団長が戻ってきて扉に鍵をかけた。
「…………」
俺は団長を眺めた。なぜ鍵をかけた?
「さて、シオン。お前に聞きたいことがある」
団長が俺の正面に座った。
「第三騎士団には、お前が王子殿下のお気に入りの親衛隊員ということで納得させてきた」
なるほど。お気に入り、ね。
「分かるな?お前、あの動き、誰に教わった?」
団長の手が俺の喉に伸びてきた。
ああ、こういう方法使うわけね。こんなことできるなんて団長ってだけはある。
ゆっくりと力が込められて、俺の呼吸はゆっくりと終わる。そして、次第に視界が暗くなる。
手の力がなくなり、俺の呼吸が戻る。
「っはぁ、はぁぁ」
意識が浮上して、視界が戻る。
こんなこと落とし方ができるなんて、さすがは団長だ。俺を色んな意味で落とせるよな。
「田舎で喧嘩でもしていたか?」
「……………」
俺が答えないでいると、再び手に力が入る。
前世の記憶です。なんて答えられるわけが無い。
意識が沈んで、直ぐに浮上する。
「ふぁ、はぁ」
俺の動きをよく見て、団長は問掛ける。
「自然に覚えられる動きではないよな?」
「そ、ですね」
俺は息継ぎの合間のように答えた。
また手に力が入る。落ちる寸前で浮上させられる。
「王子は知っているのか?」
「さぁ?」
こんなことを繰り返したせいで、俺は笑っていた。筋肉が言うことを聞かなくなっている。そろそろ、違う意味でおちそうだ。
「師をおしえられないのなら、隠しておけ」
力の入り方が変わった。
「わ、わかり、ました」
ようやく答えると、首から手が離れた。
「まったく、王子も困ったものを拾ってくれた」
団長はそう言うと、部屋を出ていった。
しばらくぼぅっとしていると、白衣を着た人が入ってきて、俺の額を丁寧に見てくれた。軟膏を塗り、ガーゼがあてられた。
俺はぼんやりと眺めていた。
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