第11話 時にはいたずらも

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第11話 時にはいたずらも

 とある日、中庭で、靴を脱いで足の裏を確認している同僚を見て、俺は確信した。  ゲームと違う。  俺が知っているのは、夜会で令嬢とダンスをして足にマメを作った王子が、マメがつぶれて痛い。って、八つ当たりしてくるやつだ。なのに、こんなところで足のマメを、痛がる人物が出てくる。 「なにしてんすか?」  俺は、見て見ぬふりが出来ず、同僚に声をかける。 「昨夜王子の指示でダンスしただろ?」 「ええ」 「俺さぁ、よりにもよって、新しい靴を支給されたばかりでさぁ」  そう話す同僚の、足には立派な水膨れが出来ていた。ひとつが潰れて赤くなっている。 「痛そうだなぁ」  ちょっと軽く言うと、 「痛いんだよ」  と、叩かれた。親衛隊って、騎士なのに、こんな情けなくていいのだろうか? 「ちょっと見せて」  俺は躊躇なく同僚の、足をとった。あと二つ、立派な水膨れがある。 「痛い?」  軽く押してみると、明らかに痛そうな顔した。こんなんで王子を守れるのかね? 「じゃあ、荒療治」  俺はなんの躊躇いもなく同僚の足を持ち上げると、そのまま水脹れの箇所に歯を当てた。 「ーーーっ、う」  同僚の口から戸惑いと焦りの入り交じった謎な声が漏れた。 「んっ」  俺の口は同僚の足で塞がれているから、喋ることは出来ない。そのまま甘噛みでは無いけれど、二箇所目にも歯を当ててみる。 「ーーーーっー」  若干、同僚の足が震えているのが分かった。上目遣いで顔を見ると、歯を食いしばっているのか、口が真一文字になっていた。  俺は、軽くひと舐めすると、反対の足を、持ち上げる。こちらも水脹れがある。  躊躇なくこちらの足にも歯を当てると、同僚の体が小刻みに震えた。 「お、おまっ…」  声が震えている気がするが、まぁ我慢して貰うしかない。そりゃあ、足の裏を舐められたらくすぐったいだろう。  だがしかし、俺はできるだけ痛くないようにするために優しく歯を立ててやった。痛がっている相手に痛いことをするのは忍びない。 「これでよし」  俺は同僚の、足に軟膏を塗り、ガーゼを当ててやった。満足して、同僚の顔を見ると、なんだか赤い。 「お、お待っ、お前なっ」  同僚はしどろもどろになって、口をパクパクさせている。痛かったのだろうか? 「ん?痛かったか?」  俺は同僚の顔を見て聞いてみた。 「あ、足、足だぞ!」  口を開く回数と、喋る言葉の数が全くあっていない。 「足、まだ痛い?」 「ち、違う」 「………?」  じゃあ、なんなんだろう?  くすぐったかったことに対する抗議なのだろうか? 「お前、足だぞ、足!」 「それが何か?」 「人の足を舐めるなんてっ」 「ちょっとしか、舐めてない」 「そういう問題じゃねー」  同僚はそういうと、俺の頭をわしゃわしゃして去っていった。これはお礼のつもりなのだろうか?  なんにしても年下の俺はそう言う風に扱われがちのようだ。  フラフラ歩いているうちに、見慣れない建物が視界に入った。蔦の絡まるレンガの壁の建物だ。  俺は、すっかり忘れていた図書館を思い出した。  俺は攻略対象を、広めるために図書館に向かった。当然、知識を広めるためなのだが、その知識は実際のものではなく、ゲームの攻略に関することで、 「どれが、そうなんだ?」  図書館の、司書が攻略対象だったはずで、そいつを探しに来たのだ。 「眼鏡をかけたイケメン」  非常にざっくりとした情報ではあるが、乙女ゲームの攻略対象なのだから、当然イケメンである。  そして貴重なメガネ枠。  俺はゆっくりと図書館の中を見渡した。  作業をしている司書に、それをサポートする侍女がいる。ぶっちゃけここの侍女は力がありそうだ。  おもたそうな本をまとめて運んでいる。いや、よく考えたら、貴族の屋敷にいるメイドさんたちも力持ちだよな。  そんなことを考えながら見ていると、お目当ての人物が現れた。お使いできたらしい侍女に、 数冊の本を渡している。  貸出帳に記入をして、侍女にサインを促しているのがわかった。  あの手の係をしているとなると、それこそ侍女たちからしたら、図書館の王子様だろう。  貴重なメガネ枠として、神経質そうな感じがする金属の眼鏡が、顔を動かす度に光る。  俺はそいつの顔を眺めながらゆっくりと図書館の中を歩いた。  特別閲覧室が、使われている様子は無いので、王族の誰もここに来ていないのはわかった。それなのに、親衛隊の俺がフラフラしていれば一発でサボりと知れるだろう。  案の定、司書たちが俺をチラチラ見ている。侍女たちも普段見慣れない軍服に興味があるようで、はしたない行為と分かりつつも俺をチラ見している。  さて、お目当ての攻略対象メガネ枠は分かったけれど…… 「いた」  俺は思わず舌なめずりをしてしまった。それをうっかり正面から見てしまった侍女が顔を赤くしている。見慣れないもんを、見せてしまってなんだかゴメンって気持ちにはなったが、俺は図書館にいるもう一人の攻略対象目指して真っ直ぐに進んだ。  艶やかな黒髪をハーフアップにして、ドレスとおなじ落ち着いた茶色のリボンを飾っている。ヒールではなく珍しい編み上げブーツを履いている令嬢。  色気などはなく、ただの文学少女。と言っても差支えは無い彼女は、いわゆる眼鏡を外すと可愛い。ってお約束のキャラだった。  俺は背後から、彼女が取ろうとしている本を先回りして本棚から抜き取った。  恋愛小説のコーナーに、背の高い軍服がいることに驚いて、本棚に激突して、数冊の本を落とす。と言う在り来りのシュチュエーションなのだが、俺はあえてそれを回避してみた。  すなわち、驚い身を引く彼女を更に先回りして抱きとめてみたのだ。 「ーーーーっ」  あまりのことに大きく目を見開く彼女が可愛い。 「お探しの本はこちらで?」  腰にまわした手をあくまでも外さないで、彼女の前に今しがた本棚から抜き去った本をチラつかせる。 「……………」  無言で首を縦に振る様子は、ちょっとした人形のようで面白い。  しかし、男のメガネ枠はそのままで十分にかっこよく描かれるのに、なぜに女子のメガネ枠は、外すと可愛いにされがちなのだろうか?  しかし、貴族の令嬢なのに、この体制をなんとも思わないのだろうか?  俺がニコニコしていると、彼女は本に手を伸ばし、 「あ、ありがとうございます」  そう言って、俺の腕の中からするりと逃げてしまった。  彼女は、そのまま受付でメガネ枠の攻略対象に手続きをして図書館を出ていってしまった。  ゲームの設定と同じで、一人で図書館に来ていたようだ。貴族の令嬢なのに。  俺はメガネ枠の攻略対象が書類を片付ける前に近づき、しっかりと彼女の名前を確認した。  セシル・リヒテン伯爵令嬢  本を買い漁るわけにはいかないため、図書館で本を借りまくる令嬢だ。 「可愛いな」  俺がそう呟くと、メガネ枠の攻略対象が俺を睨みつけた。  もしかして、こいつ彼女をねらっているのか?  目が合った途端、俺は口の端をあげて笑みを作った。そうすると、直ぐに目線を逸らし、書類をもって裏に隠れてしまった。  メガネ枠の攻略対象を目で追いかけていると、侍女と目が合ったので、軽く手を振った。  図書館の侍女可愛いな。と思う。無理して攻略対象を、落とす必要ないんじゃないかな?なんて考えてしまっても、それは俺のせいじゃない。  しかし、図書館のメガネ枠イケメン、なんて名前なんだろう?男だからさっさと攻略して、すっかり忘れていたんだよな。名前ごと。  俺は思いついたまま、先程手を振った侍女の所に行った。 「ねぇ、ねぇ」  親衛隊のくせに、軽い口調で話しかける俺はどうしようもないやつと思われている事だろう。 「はい、な、なんでしょうか?」  侍女は少々緊張しているようだ。 「ここにいるメガネの司書さん、名前なんてーの?」 「は? あ、あぁ、グスタル様のことですか?」 「グスタル?」 「ええ、レンアドル伯爵家のグスタル様ですね」 「へぇ、伯爵家の人だったんだ」  しかし、この世界ってば個人情報の管理グズグズだよな。聞いたら直ぐに教えてくれるんだから。 「私が何か?」  って、話をすればすぐ本人来ちゃうあたり、ゲームっぽくて笑えてくる。 「イケメンさんのメガネの下の素顔を見てみたいな。って」  俺がそう言うと、グスタルは目を見開いて驚いた顔をした。 「だから、ちょっと、ね」  俺はカウンターから身を乗り出して、グスタルのメガネに手をかけた。 「ちょっと」  グスタルは直ぐに抗議の声を上げたが、俺はメガネを手にグスタルの素顔を堪能した。メガネをとってもイケメンさんだ。 「また見に来てもいいかな?」 「御遠慮しますね」  メガネを取り戻しながら、グスタルさんにお断りされてしまった。
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