第14話 甘い香り

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第14話 甘い香り

 今、ゲームで言うところのどの辺にいるのか、俺は考えてみることにした。  夜会で王子は、アンリエッタに手を出そうとしたのに失敗している。ゲームとは違うということなのだろうか?  その他にもゲームとは違うことが起きているので、ゲームの知識だけではどうにもならないということなのだろうか?ゲームではなく現実なのだと気を引き締めないといけないのかも知れない。  そもそも、平民の俺が貴族の令嬢を攻略なんて、土台無理な話だ。王子の代わりに夜会でどんなに踊っても、暇つぶしの遊び相手ぐらいにしか思われていない。  で、  俺は一つ確認したいことがあって、王子の護衛をしながらそのタイミングを待っていた。  昼食後、王子にお茶を出すタイミングで、そっと耳元で呼んでみた。 「リー、お茶がはいった」  カップを置きながらそう言うと、王子の目が大きく見開かれた。こんなに目が、開くもんだと思うとなかなか感心する。 「呼んで欲しいのかとも思って」  何食わぬ顔で、俺もお茶を立ったまま飲む。  上から見ているからよく分かる。王子の耳がほんのりと赤い。  王子は何も言わずにカップを受け取り、そのままお茶を飲む。  間違いなく、俺は王子ルートに乗っかっている。しかもかなり進んでいる。後戻りができるとは思えない。それこそ、破滅断罪確定になるだろう。  破滅したくないがために、俺はとんでもないルートに足を踏み入れてしまったようだ。  俺、ノンケなんだけどな。  前世で結婚して、子どももいたんだけどな。  なんて考えてみるけれど、この世界に上手いこと馴染むしかない。同性婚もアリのこの世界、きっと俺の魂は馴染んでしまうに違いない。いや、もう馴染んでいる気がする。  王子をリーと呼んで、その反応を楽しんでしまっているのだから。 「クレープの美味しい店が出来たんだけど」  俺が王子ルートに乗っかっているならば、この誘いに王子は乗ってくるはず。 「市井の視察か」  少しだけ顔を上げて王子がこたえてくれた。  視察とか言いつつも、目当ては俺の提案したクレープなのが丸わかりだ。甘いものが好きなんだよなぁ。俺も好きなんだけどさ。  いつの間にかに隊長が戻ってきていて、王子と何かを話し合っていた。相変わらず王子の書類処理能力は感心するほど素晴らしい。本当に読んでるんだから、大したもんだよ。  俺は、いつもの通りきその書類を指示された通りに各部署に配達するのだった。  ********************** 「なんだが最近、仕事がおしてないか?」 「王子が市井の視察に行きたいそうだ」  書類の整理をしていると隊員の手が止まる。 「視察?」  かなり怪訝な目をして聞き返す。 「視察だ」  念を押すようにその言葉を繰り返されれば、大方察しは着くもので。 「………日程、長い、な」 「そりゃあ、大切な視察、だからな」 「俺、夜勤じゃないよなぁ?」 「隊長に聞いてくれ」  積まれた書類を前に、違う意味で深いため息を着くしかないのである。  もちろん、影で先輩たちがこんな苦労をしていることを、シオンは知らない。  ****************************  まとまった時間が取れたとの事で、俺は王子と市井の視察という名の食べ歩きに出かけた。 「クレープは、女性の食べ物と聞いたが?」  王子が独自に入手した情報なのだろう。確かに、甘いクレープは子どもや女性に人気の食べ物だ。が、男が食べたらいけないとは言われていない。俺は王子と一緒に行列に並び、それぞれが食べたいクレープを注文した。 「なぜ、お前が払うんだ?」  クリームにチョコがたっぷりと入ったクレープを食べながら、王子は俺に文句を言う。今回も支払いを俺がしたことに腹をたてているのだ。 「だって、リーはそんなことしたことがないでしょ?」  財布だって持ってないくせに。と言うのは言わないでおこう。プライドを傷つけてしまうからな。  前回、ちょっと絡まれたからか、離れたところに私服の親衛隊がチラチラ見える。さすがに隊長はいないけれど、ベテラン勢が来ている。俺は頼りにならないと言うのがよく分かる。 「やらなくては覚えないだろう」  ムッとした顔はしているけれど、口の端にクリームがついていて、何とも可愛らしい顔になっている。 「そーかもねー、でも」  俺は前フリ無しで王子の口の端を舐めてやった。チョコのついたクリームが甘い。  もちろん、舐めたあとはしっかりと目線を合わせる。わざとらしく音をたてると、王子は素直に反応をして耳を赤くした。 「口の端にクリームが付けてそんな事言われても、説得力ないなぁ」 「っお前」  怒りたくても怒れない王子は、だいぶ可愛い。精神年齢36歳の俺からしたら、隊長あたりも年下になりそうだ。  残念ながら、今日はお昼を食べてからの外出なので、本当におやつのクレープとなってしまった。個人的には串焼きでも土産に買って帰りたい気分だ。 「あれは、なんだ?」  王子が一台の馬車に目をとめた。  なんてことの無い馬車なのだが、荷台が幌でなく箱型で、窓がない。食材を運んでいる感じもしないし、家畜を乗せてはこんな下町にはやってこないだろう。  そんな馬車が止まった建物を見て、俺は理解した。  積まれている商品は、恐らく人間だ。  外が見えないようにして、逃げ出さないようにしてあるのだろう。  馬車が止まると、建物から体格のよさそうな男と、腰は曲がっていないが、白髪のいかにもやり手ババアな女が出てきた。  御者と何か会話を交わすと、男たちが荷台の扉を開けた。中を確認した時の男の顔が、あまりにも下卑ていて気分が悪くなった。 「リーが、行くような場所では無いけれど…知っては置いた方がいいと思う」  俺がそう言うと、王子は軽く眉根を寄せた。意味が分かりにくかったのだとは思う。が、どこまでハッキリと言っていいものか?  考えていると、荷台から商品が出てきた。動きが緩慢で、俯き加減のその商品たちは、俺が思っていたより大きかった。 「え?」  俺が小さく驚くと、王子は俺の顔を見る。 「どうした?」 「奴隷商から仕入れるにしては、大人すぎる」  少女と言うよりは、大人に見える。着ているものも随分と質が良さそうだ。 「なるほど」  王子は非常に興味深くその奴隷商を見つめていた。 「何か?」  俺が短く確認すると、王子はそちらに目線をくれたままだった。返事はないけれど、それは察しなくては行けないのだろう。  気乗りはしないが、見てしまった以上仕方が無い。  一応、騎士であり王子の親衛隊だ。  身バレはしていないはずなので、王子と仲良く恋人繋ぎをしてゆっくりと娼館の方へと歩き出した。  花街の中には連れ込み用の宿もある。  まだ、夕方にもなってはいないけれど、夕飯と兼用で宿を探す客はいるもんだ。 「なぜ、このつなぎ方なんだ」  王子は恋人繋ぎがご不満のようだ。 「親密度が高そうでいいじゃないですか」  俺は不満顔の王子に、そっと自分の顔を近づけてそう答えた。怪しまれてはならない。先程の男たちが入口付近にたっているのだ。男二人で歩いていては、娼館からしたら用のある客ではないと判断されるだろう。  近づき過ぎないように距離をはかり、ゆっくりとした足取りで娼館の前を通る。  看板をゆっくりと眺めるのは、宿屋を兼用していないかの確認のためだ。娼館の機能しかないようで、男二人では近づくのも無理っぽい。  俺は王子の手を繋いだまま、娼館の脇道を通った。まだ時間が早いので、人混みに紛れるとか暗闇に隠れるとかが出来ないのが辛い。  娼館の脇を通る時、王子の手を引いて体を更に寄せてみた。王子は眉根を寄せて俺を見たが、俺がわけアリに笑うと目線だけを動かして黙ってくれた。  娼館からは、キツい香りが漏れていた。甘ったるい隠微な匂いがする。王子によろしくないので、足早に移動するが、王子はその匂いをしっかりと嗅いでしまったらしい。あからさまに表情が変わっている。 「リー、大丈夫?」  そう言いつつも、大丈夫では無いことぐらい王子の顔を見れば分かった。後ろを振り返り、先輩がいることを確認すると、俺は連れ込み用の宿に真っ直ぐむかった。
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