第17話 致さなかった朝

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第17話 致さなかった朝

 立場が逆転して、俺は王子に、抱き抱えられるように湯船にいた。  なんだかんだ言って、この体は18なのだ。まだまだ刺激に弱すぎた。自分で意図しないで涙が出ていた。  そんなわけで、王子に抱きしめられて頭を撫でられている。 「怖がらせたな」  そんなことを言われて、怖かったのだろうか?と考える。確かに、未知の領域だった。  コレじゃあ初めての女の子みたいだ。  ちがうけど。  脱力していて、俺は王子にされるがままになってはいるのだが、いままた問題がある。向かい合わせに抱き抱えられているのだが、俺が王子の膝の上に乗っているのだ。膝というか太腿だ。この態勢も冷静に考えたら恥ずかしすぎる。どうやって上がったらいいんだろう?俺が立ち上がったら、王子の顔面に俺の股間がいくじゃないか。ダメだ、考えたら恥ずか死ぬ。  王子、どうするつもりなんだろう?  ダメだ、俺は考えない。考えたくない。 「こんなところで寝るな」  俺はウトウトしていたのだろうか?王子に軽く背中を叩かれて顔を上げる。案外疲れているのかもしれない。何しろ初めてのことだらけだったので。今も現在進行中ではあるけれど。  王子は俺の両腕を風呂のふちにかけた。肩から上が湯船から出る形になる。王子はそのまま湯船から出てしまった。 「立てるか?」  俺は言われるままに立ち上がった。股間を王子に晒す事は回避出来た模様。  そのまま王子に、連れられて体を拭かれた。これではどちらがお仕えしているか分からない。  けれど、なんだか、もう、眠くて仕方がなかった。  髪もろくに乾いていないのに、俺はベッドに転がってしまった。眠たくて仕方がないけれど、短剣を一本王子に渡す。 「お前が使うのでは無いのか?」  王子が呆れた声で言うけれど、俺はもう護衛ができるような頭ではなかった。 「だって、眠い」  俺はそう言うとそのまま布団の中に潜り込んだ。護衛なんてできない。疲れていだるくてやってられないのだ。 「まったく、もっと体力をつけろ」  呆れた声でそう言いながら、王子も布団の中に入ってきた。半分こではなく、完全に同衾している。しかも裸だ。  王子は服を着ればいいのに。とか思ったけど、もうめんどくさいので、俺は王子を抱き枕にして寝てしまった。そう、裸だから、ちょっと肌寒かったんだよね。  王子が何かを言っていた気がするけれど、眠かったので相槌も打たずに寝てしまった。  よく寝た。  非常に、よく寝てしまった。  護衛の何たるかを、まったく、もって無視していた。  だって、目が覚めたらイケメン王子は既に完成していたから。  俺は、比較的寝起きが良かったはずなのに、何故かこの日に限って寝起きがすこぶる宜しくなかった。 「ダルいなぁ」  肌に触れるシーツが気持ちよくて、俺は布団の中をゴロゴロしてしまった。そんなことをしていたら、王子に布団を剥がされた。股間は見られなかっけど、尻はみられた。 「朝から見せるものでもないんですけど」  俺は腹ばいの姿勢で王子を見た。女の子ならエロいだろうけど、俺は男だしな。  王子は軽く笑って、 「さっさと服を着ろ」  と言ってきた。  何を笑われたのか考えるのはやめておこう。  着替えて短剣をまた身につける。 「二本持っていたのか」  王子が、今更のように言ってきた。 「え、一応護衛だし」 「俺より先に寝たがな」 「手を貸すって言ったのに、体使われたし」  俺はサラリと昨夜の不満を述べた。王子があんなことしなければ、俺だってここまで疲れはしなかっただろう。 「俺が俺のものをどう使うかなんて、俺の勝手だ」  出たよ、俺様。なんだよ、俺ってものなわけ? 「腹が減ったから、朝飯食べて帰りましょうね」  先輩たちから追加の金を貰っている。二人分の朝飯ぐらい食べられるだろう。  俺は王子と市場でゆっくりと朝飯を食べてから城に帰った。分かってはいたが、離れたところにやっぱり先輩たちがいた。昨夜も近くにいたのかと考えると………だいぶ嫌にはなるな。あんな声聞かれてたら、それこそ本当に恥ずか死ぬ。  登城する人混みに紛れて裏門に近づくと、既に隊長が待ち構えていた。  無言で中に入ると、そのまま王子は自室に消えていった。俺も着替えてから執務室に向かった。 「お前のせいで忙しい」  先輩に嫌味を言われたが、なんの事だか分からなかった。慌ただしく動く同僚を見ていると、隊長から書類を渡される。 「昨日からのことをまとめて提出、昼までに」  一日使って書いてはいけないらしい。俺は机に向かって素早く書類を書き始めた。  俺が書類を提出すると、隊長はじっくりと読んでくれた。そうして納得したのか、俺に休憩を与えてくれた。同僚たちだけでなく、なんだか外も騒がしい。俺が不思議そうにしていると、同僚に肩を叩かれた。 「お前は王子の所に行ってくれ」 「ん、ああ」  状況が飲み込めないまま、俺は王子の傍に行った。 「ご苦労だな。お前のおかげでいい仕事が出来そうだ」 「?はぁ」  俺はよく分からない。よく分からなかったのだけれど、わからなくてはいけない事が起きていた。  十日後、広場で粛清が行われることになった。  例の娼館に買われて行った身なりのいい女が問題だったらしい。それと、漏れていた香は良くないものだったそうだ。  現場を押さえ、証拠を揃えるまでが早すぎて、娼館を経営していた貴族は逃げることも出来ずに捕まったそうだ。  最初、俺は違法に人身販売された女たちが助かって良かった。とおもっていたのだが、考えが甘かった。  法を犯した貴族は、一族全員がその罪を償わされるのだ。  そう、女も子どもも関係なく、一族全員がその罪を問われる。  広場で役人が罪状を読み上げる。ついで裁判官が判決を読み上げる。  広場で粛清が行われる段階で、結果は出ていた。  俺はまるで現実を感じないまま、同僚たちと一緒にその場に立ち会いをさせられた。  見つけたのが俺だから。  調べたのが親衛隊だから。  王子の名の元に粛清が下ろされる。  貴族たちは後ろ手に縛られて、子どもは目隠しと猿ぐつわをされていた。  あんな、小さな子どもも粛清するのか?俺は目の前の光景を見て、頭の中で何かがすぅっと引いて行った。  俺の目の前には、膝まづいて後ろ手に縛られている貴族、その先に見物の民衆。喧騒がやけに遠くに聞こえるようになった時、刑が執行された。  俺は、36年の前世があるが、平和な日本で生まれ育った。誰かか傷つくところなんて見たことがない。  交通事故にでも合わない限り、そうそう死なないような世界だった。  だけど、今、目の前で人は簡単に命を散らす。  広場に、充満するその匂いで俺は現実を知る。  俺がふらついたのに同僚が気がついた。 「おい」  同僚が何かを言うけれど、俺の耳には届かない。いや、聞くことを俺が拒否している。  俺は後ろに数歩下がると、下半身の力が抜けてその場に座り込んだ。  吐き気がするとか、そういうのがあればまだマシだったかもしれない。数歩下がったところで、充満する匂いは消えない。喉の奥がヒクついて、上手く声が出せなかった。いや、出せなくて良かった。きっと叫んでいたから。  俺は前世と併せて初めて、人が殺されるのを見た。
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