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第2話 俺はどうしたらいいのだろうか
親衛隊の制服に袖を通し、マジマジと鏡を見る。
どー考えてもモブの顔なんだが?
「自惚れているのか?」
後ろから、先輩の冷ややかな声がした。
うう、こええよ。いびられるフラグしか立たねぇ。王子のお気に入りだけを集めた親衛隊に、俺みたいなのが入って、しかも、名前まで貰ったなんて、絶対恨まれてる。
「華やかな親衛隊に、俺みたいなのが入っては評判を落とすのではないでしょうか?」
ほんとに、王子はどーかしちまったんじゃなかろうか?俺は田舎出身の平民兵士だったはずなのに、なんで王子の目に止まったかな?こんな平凡な顔、好みじゃないだろう?
「お前、随分と自分を過小評価するのだな」
「先輩たちに比べたら、俺なんて地味な顔してるし、日に焼けて肌も黒いし、なにより、ガサツなのに…王子を、不快にしかしないと思うんですけどねぇ」
ふかーいため息をつくと、後ろからドンっと鏡に両腕が着かれた。
「!?」
驚きのあまり身動きが取れないでいると、俺より頭一つ程大きい先輩は、鏡に移る俺に向かって言った。
「自分を、卑下するのはやめろ。お前を選んだ王子を侮辱することになる」
鏡越しにみる先輩の顔は怖かった。かなり怒っているのが分かる。
「っ、すみません」
「分かればいい」
鏡越しの先輩の顔は満足そうだ。ものすごく体が接近していて、胸の筋肉が肩の辺りにあたっている。これが女の子の胸だったらどんなに幸せなことか。なんて邪な気持ちを抱いた俺だけど、現実は違う。
で?この体制はだいぶ誤解を招くと思うのだが?背後からの壁ドンならぬ鏡ドンだぞ。俺、逃げられないじゃん。
俺が困って鏡越しに先輩を見つめていると、
「ふっ、すまん」
ようやく手を離してくれた。あーー、よかった。
俺はモブで生きて生きたいんだ。攻略対象にはなりたくない。だからこそ、他の攻略対象に極力会わないようにしたいんだ。
でも、王子の親衛隊になっちまったんだよなぁ。そもそも王子が攻略対象だし、王女もそうだ。ここにいるだけで平穏無事に過ごせるとは到底思えない。
それに、ここにいる先輩たちは、どっちなんだ?本気で王子の愛人なのか、職業なのか…本当に親衛隊なのか。真相が分からない以上迂闊な言動は出来ない。
「あの、ちゃんと着れてますか、俺?」
昨日まで着ていた兵士の軍服と違い、親衛隊の制服は洗練されたデザインで、俺のモブ顔だと、確実に負けている。
「まだ服に着られている感はあるが、日焼けした顔が様になっているぞ」
お褒めの言葉を頂いてしまった。
「ありがとうございます」
攻略サイトの編集者が、攻略されるわけにはいかないんだ、頑張れ俺!
しばらくして、俺は幼なじみであり、また攻略対象でもあるコレットに遭遇した。けれど、コレットは城の侍女をやっていて、関わるとろくな事がない。
俺はとにかく破滅エンドを回避して自由に生きていきたいんだ。
そう、このゲームでうっかり攻略なんてされてしまえば、平民の俺は令嬢たちにいいようにされて破滅させられる可能性がでかい。コレットを介して令嬢と関わったり、下手すりゃ王女と関わった日には、不敬とか言われて即処刑。なんてことになりかねない。
平和に生き抜くためには、攻略対象にはできる限り近づかない。余計な会話はしない。これでいこう。
って、心に決めたのに、何故かデリータ王女が俺の前に現れた。しかも、道に迷ったといいだしたのだ。
迷うわけないじゃん。って突っ込みたいけど出来ないんだよな。相手は王女だし。
仕方なくデリータの手を取って、言われるままにエスコートをする。
「あら、お兄様」
当然といえばそうなのだが、当たり前のように俺と王女の前に王子が現れた。
王宮なんだから、いて当たり前なんだが。
「デリータ、昼間から随分だな」
若干、王子が不機嫌そうに見えるのは、気のせいだろうか?つか、王子、今の時間は執務なんじゃ?
「道に迷いましたら、この者が案内をしてくれましたのよ」
王女がそう言うと、王子の眉間のシワが深くなった気がする。
「生まれてから住んでいるこの王宮で道に迷うのか、お前は?」
「ええ、誰の手を取ろうか迷っておりましたら、この者が手を出してきましたので取った次第ですの」
扇で口元を隠しながら品よく言ってはいるが、内容はお上品では無いと思う。
仕方が無いので、俺は涼しい顔をして黙っていることにした。
「明日の段取りは確認したのか?デリータ」
「あら?私は黙って立っているだけですもの、確認も何もないでしょう?」
そう答えると、王女は俺に先へと促した。
俺は、手を取っている王女の指示に従いその場をあとにした。
王女の部屋の前まで来ると、王女は1度後ろをふりかえって、ふんっと鼻を鳴らした。
「お兄様の、取り巻きがウザイ」
ハッキリと俺に聞こえるように言った。
「俺も?」
手を離さないまま聞くと、王女は少しだけ頬を赤らめた。
「そうでもないわね」
俺の手を離すと、そのまま自室にはいっていった。もちろん、扉は俺の目の前で音を立てて閉じられた。
そして、俺が自分の仕事に戻ろうと廊下の角を曲がると、そこには壁にもたれていらただしげにしている先輩の姿があった。
(嫌な予感しかしない)
俺は口にはださなかったけれど、しっかりと顔に出ていたらしい。
「お前がそんな顔をするな。こちらは大迷惑だ」
先輩が、俺の耳を引っ張る。
「痛いですよ」
「黙れ、お前のせいでっ」
先輩はかなりご立腹の様子だった。
「耳、引っ張らないでくださいよ。ちゃんと歩けないじゃないですか」
俺が若干涙目になると、先輩は慌てた様子で耳から手を離し、俺の目じりを指で拭った。
「ああ、泣くな。お前を泣かすと余計に面倒だ」
そんなことを言われても、この涙は先輩が耳を引っ張ったからだ。
「とにかく泣くな」
そう言って、先輩は俺の顔を両手で包み込んだ。
これって、女の子にやるやつなのでは?
「返事は?」
「はい」
って、なんで俺が、こんなことしなくちゃいけないんだ?理不尽だ。
って、先輩が俺の顔を覗き込んできた。すっごくじっくりと俺の顔、特に目を見ている。
「うん、涙のあとはないな」
キスが出来そうなぐらい近い。しないけどな。
ようやく俺は、自分の仕事場である王子の執務室に入ることが出来た。
そんなことがあって、俺はまたもや、理不尽な目にあっている。
「お前は一体誰に仕えているんだ?」
王子の執務室で、俺だけが真ん中に立たされ、わかりやすく言うと説教を王子から直々に受けていた。
「それはもちろん。あなたに」
「ほぅ」
王子の声は意外と低かった。
これは、案外機嫌を損ねたか?俺から見たら遥かに年下の王子なんだが、今この世界においては俺の方が年下に、見た目上はなってはいるし、身分も天と地ほどの差があるわけで、あまり機嫌を損ねすぎるとガチでクビが飛ぶかもしれないよな。
「あなたの大切な妹君をお部屋までお送り至りましたが?」
「俺の大切な?」
「ええ、大切な妹君、デリータ王女ですよ」
俺が満面の笑顔で答えると、王子の片眉がぴくりと上がった。周りの先輩たちが息を飲むのが聞こえた。これは、完全に怒らせたか?
「仕えているのは俺だろう?」
「ええ、だからこそ、あなたに代わって大切な妹君をお部屋までお送りした次第ですよ」
俺はもう一度、念を押すように、ゆっくりと言い直すと、王子の口からは深いため息が出た。
「明日は大切な式典があると聞いていますので、大切な妹君でいらっしゃいますから、早めにおやすみ頂いた方がよろしいかと思いました」
とどめにここまで言ってやった。さて、どうだ?
「デリータはそこまで子どもではない」
ほうほう、部屋で休ませるには早すぎると言いたいわけか。そりゃ、俺だって分かってるよ。まだ夕方にもなっていない。
「女性は色々とご準備があるかとおもいましたが?」
「わかった、もういい、下がれ」
はい、頂きました。
「かしこまりました」
俺は満面の笑みで王子の執務室をあとにした。
もちろん、先輩たちは俺をものすごく睨みつけていたけれど。
執務室を出て、控え室に入った途端、俺は腕をあっさりと取られて壁に押さえつけられた。
「いっ」
痛いとは言えなかった。というより、痛いのか驚いたのか正直自分でもよく分かっていなかった。
「シオン、調子に乗るな」
低くくぐもった声が俺の耳元で囁く。
壁に押さえつけられたせいで、俺はほとんど壁の視界となり、押さえつけている人物が見えない。
「何がです?」
俺は意味がわからなくて聞き返した。体格差もあるため、どう足掻いてもここから逃げる手立てはない。とりあえず大人しく囚われているのが一番なのだが、何を怒られているかさっぱりだ。
「王子を煽るな」
俺の腕を掴む手に力が入った。
「っう、ん」
腕の捻り方が、完全に犯人の捕縛のソレなため、関節が軋むのが体から聞こえてくる。
俺は本当に痛みのあまり涙が出てきた。捻られた関節も軋んだ音がして、耳鳴りにも近い感じがする。
「聞いているのか、シオン」
先輩の声が耳のすぐ近くでするけれど、痛いの方が勝っているため返事をする気が全く起きない。
「っん、んーん、痛い」
どうにも口から出るのは『痛い』の一言に尽きる。
しかも、あんまりにも痛いので俺の体は小刻みに震えていた。
「おい、その辺でやめておけ」
違う誰かが声をかけてきた。
俺を押さえつけている先輩は、チッと言う舌打ちをして俺を解放した。
解放された途端、俺はその場に崩れ落ちた。関節の痛みと、押さえつけられたことでの恐怖によるものだ。
俺が蹲って動かないでいると、止めに入ったらしい先輩が俺の制服を脱がしてきた。
捻られていた腕を丹念に確認する。掴まれていた手首は当然痛いのだが、背中も痛い。
「アザになってるな」
俺の背中を見た先輩が呟いた。どうやら捻られたことにより、関節がおかしな方向に血管を圧迫した事で内出血を起こしたらしい。
「うぅ」
俺は痛くてまだ、泣いていた。
「このあざ、王子には絶対に見せるなよ」
「なんで?見せませんよ?」
俺は先輩が、心配する意味が全く持って、わからなかった。
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