第20話 オレの名前

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第20話 オレの名前

   王子とは、何も致さなかった。  さすがに王子も寝ている俺を相手に何かをしようとは思わなかったのだろう。  守るって言った手前、寝込みを何とかするのは良くないよね?  で、爽やかに朝食をとっていたら、なぜかデリータがやってきた。  多分、ここは後宮だからデリータは出入りが自由なんだろう。 「不自由してない?」  デリータのこの発言は、フラフラと城内を歩き回っていた俺に対する嫌味なのだろうか? 「十分過ぎるほど不自由だけど?」  王子がいないので、俺はハッキリ言ってやった。俺の体感ではまだ、2日目だけど。この中にしか自由がないのは不自由だろう。 「ハッキリ言うのね、まぁそーゆーところがあんたのいい所だわ」  デリータはよく分からないが、俺をやっぱり気に入っているようで、笑っているのだから始末に負えない。 「俺に何を期待している?」  俺は駆け引きが苦手なので、デリータに直接の答えを求めた。 「お兄様に取られたのはちょっと悔しいのよね」  ああ、やっぱり俺って王子のものにされてる認識なんだ。 「王子のものになった覚えはない」 「何言ってるのよ、親衛隊にはいった時点でお兄様のものだわ」  そう言って、デリータは笑った。そうして、 「でもね、先に手をつけたのはわたしだわ」  とも言った。 「俺はものじゃない」  軽く主張してみるが、王族からしたら俺みたいなのの主張は聞く価値ないんだろうな。 「お兄様のはなしはきいた?」 「…聞いた」 「そう」  デリータは目線を下げて、悲しそうな顔をした。何かを考えているのが分かる。悲しそう顔なのに、目が力強いといえか、唇にやたらと意志を感じるというか、とにかく何かある。 「何を企んでいるんだ?」  仕方が無いので、俺の方から聞いてみた。 「よく分かったわね」  あっさりとデリータは認めた。 「お兄様は子を成せないわ」 「らしいな、精神的な意味で」  話を聞く限り、病気ではなく外的なショックのためにおそらく勃たないと思われる。 「吐きそうになるのよ、化粧品の匂いとか嗅いでしまうと、と言うより吐くのだけど」  デリータがあっさりとバラした。 「じゃあ、風呂はいって化粧しなければなんとかなるだろう?」 「女の人の顔が近づくと吐くの」 「キスもできないのかよ」  俺は頭を抱えた。それってどんなリハビリしたら治るんだ? 「でね、確認なんだけど」 「なんだ?」  俺は改めてデリータを見た。 「あなたは別に、男しか愛せないわけじゃないわよね?」  一瞬息が止まる質問だった。  俺は半目でデリータを見た。どこからその質問になるわけ?今までの俺を見ていたはずだよね? 「意味がわからん」  俺がそう言うと、デリータは笑った。 「わかりやすく言うわ。お兄様は子どもを成せない。精神的なことでね。でも、私は産めるわ」  そりゃそうだろう。子どもは、女にしか産めない。  で? 「私が産んだ子どもは、間違いなく王族なの」 「え?あ、そう、だな」  一瞬、なんのことだか分からなくて、言葉に詰まった。てか、なんて返すのが正解なんだ? 「あんたが父親でもね」  デリータが悪巧みをする顔でそういった。  いや、ちょっと、俺の倫理観がついて行ってない。  夜、王子がやって来た。  朝一でデリータから聞かされた話は衝撃的過ぎて、俺の中で消化はされていない。  王子と向かい合って晩餐なのだけど、気の利いた話もできなければ、王子から話がふられることも無く、静かに食べた。  で、なぜか王子と風呂に入る羽目になった。  なぜだ?  侍従ではなく、王子が俺の体を洗う。  いや、ここは俺が洗うのでは?  って、思ったのに王子は手際よく俺の髪を洗って、背後から首筋にキスを落としてきた。  声が出そうになるのを必死でこらえる。  そもそも、髪を洗われている段階で背後が無防備なわけだ。弱点を晒している時点で俺の負けか。  背後から洗ってくるというのがポイントだった。  次にどこへ手が伸びるのか分からず、前かがみになると強制的に肩を後ろに引かれた。  なんだか、色々と体勢がやばい事になるので、ゾワゾワしながらも優しく撫でるように動く王子の手を受け入れることにした。  それに、暗いのが嫌だと言ったのは俺だけど、今日も明かりがガンガンにつけられて、隠すものも隠れない状態である。 「これは、連れ込み宿の続きか何かで?」  俺はいたたまれなくなって聞いてみた。 「うん?」  王子の声は愉しげに聞こえた。 「リー、違うの?」  あの日と同じように呼んでみる。 「うん、薬の用意はないなぁ」 「あの薬、違法じゃなかったか?」  俺は慌てて聞き返す。あの娼館から漏れていた香は違法なものだったときいているので、たとえ王子であっても用意することは出来ないはずである。 「ちゃんとした媚薬ならいつでもあるぞ」 「え、う、な、なにが?」  サラッと恐ろしいことを言う。なんでそんなものがいつでもあるのかな?しかも、ちゃんとしたって何?媚薬にちゃんとしたも何もないだろう、普通。 「続きか」  王子の声が一段低くなった気がして、俺は思わず振り返った。端正な顔立ちで、悪巧みをされると恐ろしさが倍増する。  風呂を沸かす窯の煙突は、飾り柱で上手いことかくされているのだと今更知った。太い柱だけど、中は空洞なんだなぁ、とか思いつつ湯に浸かる。  悲しいけど、日本の風呂と違うから肩まで入る設定じゃないんだよなぁ。 「自由なやつだな」  俺が開放的に手足を伸ばしているものだから、王子から軽く言われた。これだけ明るくして隠すものも隠さないって、本物の妃だったら恥じらいが無さすぎて萎えるよな、きっと。  天井を眺めながら思うことはただ一つ。  俺って、監禁ルート確定?  後ろにいる王子に体を預けながら、俺はぼんやり考えた。  風呂に入った後に、長い階段を上ってベッドに行くとかかなりだるい。  俺は本当に寝るだけだからいいけどね。 「よく眠れるぞ」  王子からホットワインっぽいのを渡された。  風呂に入っている間に用意されたようで、グラスはしっかりと温かかった。  卵酒よりは飲みやすいかな?って感じのハーブが入った赤ワインはごくごく飲むのではなく、ゆっくりと飲むものらしい。 「んで、リーは俺をどうやって守ってくれるのかな?」  監禁に至った経緯は理解しよう。だがしかし、これで俺を守ったことになるの?というのが疑問なんだ。 「誰にも傷つけさせない」  王子の手の甲が俺の頬を撫でた。  どっちかってーと、王子の方が未だに傷ついているんだよね?  色々と考えることはあるけれど、俺はどうしても確認したいことがあった。 「名前」 「うん?」 「名前、呼ばないよね」  王子が自分で名前をつけたくせに、そういや呼ばれたことがない。今更だけど確認しておこう。俺の名前を覚えているのか。 「そう、だったか?」 「そうだよ」  俺は年下らしく少し拗ねた風を装った。 「シオン」  あの日以来初めて呼ばれた。  名前をつけておきながら呼ばないとか、どんだけ放置プレイだったんだろう? 「もう一度」  俺は返事の代わりに強請った。  名前を呼ばれないのは寂しい。  俺から奪っておきながら、与えておいて放置したのは王子だ。だから、今更だけど呼んで欲しい。 「シオン」  返事の代わりに王子の側に寄ってみた。  名前を呼ばれて嬉しいんだよ。ってそう言うつもりだ。  王子の目元が少し緩んで、俺の髪をくしゃりとした。 「そう言えば、お前から名を奪ったんだったな」  忘れていたのか、王子は今更のような態度をとった。  それももうひとつ、これが監禁なのだとすると、俺にとっては死活問題なのだが、確認しておかなくてはならない。 「日に当たらないと病気になる」  俺は懸念していることを伝えることにした。田舎生まれの俺は、こんな所に閉じ込められたら病む。 「ああ、そうか」  王子は理解したらしく、寝巻き姿の俺を連れて、食堂の先の扉を開けて、通路を進む。低い階段を上がると外に出た。 「え?」  風があって、広い草地があった。 「この建物専用の庭だ」  月明かりでも見えるほど高い柵に囲われた、草地の庭園。ガゼボがあって、そこで休むこともできるようだ。  隣に立つ王子が結構などや顔で、俺は言葉を失った。  監禁、ガチなやつだった。  ガゼボにある長椅子は、幅もあってクッションも複数用意されていた。そこに座ると王子が俺の髪を撫でてきた。  ああ、やらかした。  攻略ゲームだったら、王族ハーレムエンドだな。  スチル絵が出てきて、スタッフロールが流れるやつだ。 「ここにいれば誰もお前を傷つけはしない」  こめかみにキスを落としながら王子が囁く。  抵抗するつもりもないので、俺は大人しくしていた。ホットワインを飲んだから、体は温かい。  だが、初めてがいきなり外とかハードル高すぎるよな?部屋に戻るよな?  腰に回された手が脇腹からゆっくりと上がってくる感触に、色んな意味でぞわぁっとしてしまい、軽く震えたら、耳元で王子の低い笑い声が聞こえた。 「こうしてみると、お前は本当に細いな」  やはり、田舎育ちの俺はそもそもの骨格が細いようだ。田舎で元気よく外遊びしていたのだが、やはり貴族の子弟のようにいいもの食べて剣術の訓練を受けていたのとは育ち方が違うのだろう。  簡素な寝間着の中に手を入れられると、逃げようがなくて軽く顔を背けた。  王子が乗ってきた分だけ、俺の背中がクッションにに沈む。首筋に王子の唇があたって、軽く吸われた感じがした。実際にやられてみると、なんだか気恥しいものだ。見えないけれど、吸われたあたりを手で探ってみる。少し濡れた感じがしたので、おそらくそこだろう。 「見たいのか?」  俺のその行動を見て、王子が言う。 「え?」  俺が質問の意味を理解出来ないでいると、王子は俺の腕を取り、手首の辺りに唇をおとした。 「ふぁ」  血管の上だったせいか、血流が一瞬乱れた感じがした。そのなんとも言えない感覚に変な声が出た。  王子が俺に見えるように、俺の手首を俺に向ける。赤い後がハッキリと見えた。皮膚の薄いところに、赤血球が集まった跡だ。色気の無い言い方をすれば内出血だ。  つけられて嬉しいか?と聞かれれば正直そうでも無い。俺がなんとも言えない顔をしていると、王子が苦笑していた。喜べなくて、なんかゴメン。
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