第8話 下町でのお楽しみ

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第8話 下町でのお楽しみ

それなりに、一般人っぽい服装の王子と城下町を歩いていた。  あんまりいいものを着ていると、単なる金持ちのおぼっちゃんになってしまうので、隊長たちが用意した服ではなく、俺の私物を着てもらった。 「臭くないですよね?ちゃんと洗濯してますよ」  俺の服を着て、若干萌え袖風にしている王子は、袖口を匂っている。  その仕草は、子どもっぽくてなんだかあどけなかった。 「これは、お前の匂いなのか?」  クンクンしながらそう簡単に破壊ワードを口にする王子。自覚がないだけに何やらとんでもないな。  実体は俺より年上だけど、俺の中身は36歳。  くー、年下かわいい。  なんだよ、袖をクンクンしちゃうのって。 「洗濯してるんですけどねぇ」  王子が匂っていた袖口に、俺も鼻を近づける。同じ箇所を嗅いでみるが、さっぱり分からない。  そりゃそうだ、自分の匂いなんて、わかるはずがない。加齢臭でもなってりゃ分かるかもしれないけどね。 「だめだ、自分の匂いなんて分からないな」  かなり顔が近いけど、王子はよけないし、俺も気にせずそのままにしていると、 「顔が近い」  王子に、顔面を押し返された。  匂いチェックしてたの王子じゃん。  でも、イタズラ心がむくむくと湧いてきて、顔面を掴む王子の手のひらをペロッとしてやった。 「ーっわ、わわわ」  王子はかなり、ぞわわわわって、きたらしい。口があーからいーに、なって、パクパクさせている。  面白い。からかわれたこともないんだな。  今日の護衛は退屈しなさそうだ。  城下町では治安が良すぎて、一般市民の生活は見て取れない。そこそこ経済力のある一般市民が住んでいるので、街並みは綺麗だし、ゴミだって落ちていない。  俺は王子を手招きして、どんどん俺のテリトリーに案内していく。  下町に入ると、ゴミは無いものの石畳の質が変わってくる。城下町は小さめの石を使っているのに、下町のは大きい。こまめに取り替える手間をはぶいているのだろう。雨の日は滑りやすいので注意が必要になる。普段でも、すり減った石は滑りやすいけどね。 「軽く食べるか」  ちょっとした食堂に立ち寄ると、王子はかなり驚いた顔をした。  こういった雑多な店に入ったことがなかったようだ。って、いままでどこを視察していたんだろうか? まぁ、城下町しか見てなかったんだろうなぁ、安全だし。 「何を食べたらいいんだ?」  手書きのメニューがテーブルに置かれているが、王子にはの内容が全く分からないようだ。まぁ、基本家庭料理の延長線みたいなもんだから、馴染みなんてないよね。 「おねーさん、定食二つ」  俺は王子の意見は聞かずに勝手に注文した。 「はーい、付け合せはサラダにします?それともスープ?」  看板娘らしいハキハキとしたしゃべりの少女は、お約束の質問をしてきたので、 「1つずつ」 「はーい」  俺は、少女にお代を渡した。  王子はその一連のやり取りをびっくり顔で黙って見ている。こんな、会計システム知らんだろーな。つか、代金を、自分で払ったことないだろう。 「慣れているのだな」  少女が、完全に去ってから王子は俺の耳元でそう言った。全てが始めましてすぎて緊張しているのだろう。 「田舎出身なんですよ」  俺が余裕の笑みを見せると、王子は少しムッとしたようだ。 「賑やかでしょう?」 「ああ」 「本当に国を支えているのは彼らです」 「……」 「こうやって口にする食べ物ーー」  出てきた定食を、一口王子の口に突っ込んだ。 「これらを作っているのは平民です」  王子は黙って口を動かしている。毒味もしないで、ものを食べるのははおそらく初めてだろう。 「着ている服もそう」  王子は黙って頷く。 「こういう所に活気がなければ国は回りません」 「…そうだな」  王子は、出てきたサラダを見て固まった。ああ、これは、 「ポテトサラダは初めてで?」 「…ああ」  色んな野菜が混ぜ合わされた、こんなぐちゃぐちゃなの、王宮の晩餐には、でないよな。 「生野菜なんて、平民はなかなか食べられないんですよ」 「そうか」  王子は、パンをちぎって口に運ぶ。そのくらいはできるようだ。  少し固めのパンに苦労しているのが分かる。顎を使わない生活をしているから、王子の顎は細い。 「分かりますか?」 「何がだ?」 「パン、固いでしょ?」 「ああ」 「平民は顎を使うんですよ。貴族は使わない。だから顔を見れば育ちがわかる」 「そういう事か」  俺に口元を隠すように服装を直された理由を、ようやく理解したようだ。 「面白い店が沢山あるから、歩きますからね」  俺がそう言うと、王子はいつもよりだいぶ固い肉を頑張って食べてくれた。  そう、残しちゃダメだからね。  食事をしたから、フラグが立ったはずなんだけどなぁ、なんて思っていたら、やっぱり来た。 「つけられてます」  俺が小声で言うと、王子は目線で俺に処理を一任した。まぁ、一応親衛隊ですから、お守り出来ますよ。命に換えてもね。  だいたい、つけられている時点で、前からもやってくるものだ。こちらの素性は知らないだろうから、金が目当てだと思う。 「念の為確認しますけど、走れますよね?」 「バカにしてるのか?」 「ならいいです」  付けられてるの分かってますよ。ってアピールのためとりあえず立ち止まる。ふむ、それっぽいのが二人、前方の壁に寄りかかってるなぁ。たぶん、小型のナイフを忍ばせてそうなんだよね。ポケットに手を突っ込んでるし。後ろのやつは素手かな? 「通行料」  わかりやすく、壁によりかかっているやつが要求してきた。 「そんな制度はないだろう?」  俺がそう言うと、相手は実にわかりやすく答える。 「今からそうなった」  そのわかりやすいチンピラっぷりに、王子がイラつくのがわかったけれど、 「黙っててくださいね」  俺は王子に、小声でそう言った。王子が口を開いたら、訛りのない綺麗な発音で本気で育ちがいいのがまるバレである。  ゆっくりと近づく相手との距離を測る。  あと、三歩ってところで、ポケットから小型のナイフが、出てきた。お約束だよなぁ。なんて感想を言える訳もなく、俺は後ろのやつとの距離を考える。  振り向く訳にはいかないので、足音で大体の距離を測るしかない。後ろの奴は動いていない。  俺たちが、後ろに走ろうとしたら距離を詰めるのだろう。 「二人分でーー」  ナイフを、チラつかせながら一歩男が近づいたそのタイミングで、 「払うか、ボケ」  足で手首を正確に蹴り上げた。  男の手からナイフが離れる。それを見た途端、後ろの奴が走る音が聞こえた。  俺はすぐに王子の腕を引いて横道にーーー  と、見せかけて積まれていた木箱を蹴って上を目指した。腕を引かれている王子は、俺とほぼ同じ軌道で横に走り、俺と同じタイミングで木箱蹴ってくれた。  上手いこと柵を掴んで、王子を投げるように上に上がらせる。  予想外のトリッキーな逃げ方に、男たちが困惑しているのがわかった。  横道に逃げれば、仲間がいたのだろう。下を見れば、人数が増えていた。それを見ながら、俺は王子の手を引く。 「逃げますよ」 「…ああ」  俺が強引に突き進むので、王子はかなり戸惑っているようだ。 「ど、どこまで走るんだ?」 「………」  俺は王子の顔を見るだけで、無言で手を引く。
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