第9話 続・下町でのお楽しみ

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第9話 続・下町でのお楽しみ

 王子の手を無言で引きながら、塀の上を走る。  この塀の中は、水道管が入っているので、幅も高さもちょうどいい。ある程度走って適当な所で下に降りることにした。 「この辺りにしましょう」  俺が立ち止まると、手を繋がれたまま走り続けた王子は、短い呼吸を繰り返しながら俺を見つめた。  やっぱり、体力というより持久力の問題かもしれない。 「こ、ここは、どこなんだ?」  ハァハァ言ってるが、顔はいつもの王子顔。額にうっすら汗をかいてはいるものの、イケメンだ。 「水道管の上を走っていただけですよ」  水を流すのなら、上から下へ。動力を使わないで能率よく流すためと、下町に管理局員が入らないで済むように、水道管の上が歩けるようになっている。塀の中に入るには鍵がいるので、安全は確保されている。 「なるほど、ここを歩けば町中をくまなく歩けると言うことか」 「作るのは大変だったでしょうね」  俺がそう言うと、王子は静かに目を伏せた。  この偉業は、流行病を鎮めるために行われた公共事業で、一代の王だけでなく、何代か続いた事業になる。 「もう少し、管理をしないといけないのだな」 「先達の偉業にあぐらをかいたらダメってことですね」  俺の言葉に王子が首を傾げる。  うん、あぐらが、わからなかったか。 「足元を疎かにしたらダメだってことです」  俺は王子の手を引いて飛び降りた。  さすがに、王子は悲鳴こそ挙げなかったものの、一瞬顔をひきつらせる。  さすがに着地の前に王子の腰に手をかけ、抱きとめた。 「着地が一番危ないんですよ」  いとせず男の俺に抱きとめられて、王子は下から俺を睨みつけた。 「この体勢でそんな顔されても、ね」  俺はわざと抱きとめたままにしてやった。36歳のおっさんからしたら、王子はまだまだ子どもである。  悔しがる王子の心の声が聞こえそうだが、そこはあえて無視をする。 「お怪我はありませんか?」 「言うに事欠いて、お前はっ」  王子の頬が若干赤い気がしなくもないが、そこは無視。 「ちゃーんと、抱きとめましたよ」 「ーーーっ」  王子は無言でスっと立った。 「親衛隊として、ちゃんとしてましたでしょ?」 「悪くない」  憮然とした顔もなかなかですよ、王子。  王子の前髪の乱れを直すと、王子と目が合った。 「本日も見目麗しいですよ」 「からかうな」  王子に手を払われた。わざとらしく払われた手をさすると、王子は不意にそっぽを向いた。  こーゆーの、慣れてないのね。  俺は再び王子の手を取って、歩き出した。 「どこへ行く?」  行き先を告げずに連れ回されるのが不満らしいが、立ち止まろうとはしないのが素直である。 「本日のメインです」  俺は王子に手で指し示す。下町にある小さな教会を。 「善意で成り立っているものですから」  神父が申し訳なさそうに教会の中を案内する。  王子の知っている王立の教会とは全く違い、手入れ後行き届いているだけの、古びた教会。  子どもが数人庭先で遊んでいるのが見える。 「幾ばくか、おかせていただきたい」  王子はそう言いながら、子どもたちの部屋を覗き見る。 「貴族の中には、慈善事業をしている者もいます。ほんの僅かですけどね」  俺がそう言うと、王子は小さく頷いた。 「勉強が出来なかったから、字が読めなくてまともな職につけないってのもあります」 「そうだな」  遅い時間だったので、神父と少し話をしただけで教会を後にした。子どもたたと遊べなかったのは名残惜しいが、それはまたの休みにするとしよう。  土地勘がないせいか、王子は俺の後を素直に付いてくる。手をつなごうとしたら、手を叩かれた。  そーゆー所は素直じゃない。  ちょっと複雑なルートを通って、川に出た。 「行き止まりなのか?」  王子は川を目の前に俺に聞いてきた。 「そうですね、ここに住む連中にとっては行き止まりです」  俺は顎で上を示した。  王子は俺が示す方向を見る。  上の道には橋がかかっていた。 「あの橋は、上に住む人が使う橋。ここに住む連中は使えない」 「通行料はとってないだろう?」 「あの橋を使うには、一度登らないといけない」  川沿いに道があり、その道は橋につながっている。が、俺たちのいる下町の道は橋に繋がっていない。 「そういう事か」  王子は目を伏せた。  上の道には街灯がある。しかし、ここにはない。 「だから、ここから上を眺めるんですよ」  俺はそう言って、王子の腕を引く。軽く頭を抱えるようにして、見せたい方向に王子の顔を向けた。 「キラキラしてるでしょ?アレがあんたの住む場所」  王宮は明かりに照らされて夜でも存在感をしめしていた。その光景は、ここから見るとひどく切ない。 「俺は田舎者だから、ここの連中の気持ちは何となくは分かります。毎日見えるのに、決して届かないんですよ」  王子は不思議そうに俺の顔を見ていた。 「俺みたいに這い上がれるのは、奇跡なんです」  王子は何も言わない。 「あんたの気まぐれで、俺はここにいるんですよ」  俺がそう言うと、王子の目は少しだけ笑った気がした。 「じゃあ、帰りますよ」  俺は王子の腕を掴んだままだったので、そのまま軽く引いてみた。  案の定、油断していた王子はそのまま俺の胸の中にすんなり入ってきた。 「女の子だったら、このまま、キスするところです」  両腕でしっかりとホールドした王子は、さすがに女の子よりデカいし、硬い。 「帰りたくない。とか、言ってくれたら夜遊びしますけど?」  俺がそう言って王子を見つめると、王子としっかり目があった。話をする時は相手の目を見る。いつもの癖で、王子はそうしただけだろう。  川沿い、街の灯り、抱き合って見つめ合う。  シチュエーションとしてはバッチリなんだが? 「帰るぞ」  憮然とした顔でそう告げられた。  しかも、顔面に王子の手のひらがやってきた。 「ダメですかぁ」  俺はそう言いつつ、王子の手首を掴んだ。そうして、掴んだ手を軽く啄む。 「ーーっ」  慌てて引っ込めようとしているが、俺もしっかりと手首を掴んでいる。  今度はリップ音付きで啄んでやった。  盗み見るように王子の顔を確認すると、耳が赤くなっているのが分かった。  俺は満足して手首を離してやる。  手を引っ込めつつも、王子は俺を咎めなかった。 「晩餐に遅刻するといけませんので、近道をしましょう」  俺がそう言うと、王子は不思議そうに俺の指さす先を見た。 「王子でも、ハシゴぐらい登れますよね?」 「バカにするな」  その冷ややかな眼差し、本日も王子はやっぱりイケメンである。  王子が晩餐に出席し、俺の本日のお役目は終了した……わけではない。  いわゆる業務日報を、書かなくては終わらないのだ。  今日、王子を、下町に連れていき、何を見せて何が起きたか。事細かに書かなくては行けない…ってのが、脳筋騎士には苦痛らしいが、前世でゲームライターしていた俺にとっては全く苦ではない。むしろ楽しい。攻略記事を書く要領でスラスラと書き連ねる。 「相変わらず、よくかけるなぁ」  同僚が俺の日報をみて感心していた。見れば同僚の日報はまだ3分の1程度しか埋まっていない。 「こーゆーの、好きなんだよねぇ」  俺は楽しく書き上げると、日報を隊長に提出した。  もちろん、怒られるのは覚悟している。王子を危険に晒したからね。 「……お前、なぁ」  隊長が、頭を抱えた。  まぁ、内容が、ねぇ。って俺でも分かるし、確信犯だし。隠し事は良くないし。 「殿下がご満足なら、仕方がないか」  隊長は深ーいため息をついて、俺の日報に判を押した。
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