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「……なんだ、多田か……脅かすなよ」
「驚かしてやろうと思って」
学生時代からの悪い癖だ。多田は人を驚かせることにかけては天才的だった。隙があればイタズラを仕掛け、突拍子もないことを言い出して周囲をあっといわせる。何度そんなことをくり返しても、不思議と周りから嫌われるということもない。むしろ諦めとともに次に多田がなにをやってくれるのか、期待する風さえあった。
「来るなら来るって連絡くらいしろ」
「……驚かしてやろうと思って」
全く呆れてしまう。自分はそんな多田を容認している者の一人なのだと、そう思うと腹が立った。上着とネクタイを脱ぎ散らかして、多田の隣に鼻息荒く座り込む。
普段なら、けして着たものを脱ぎちらかしたりなどしない。軽い興奮状態は多田がいる所為だ。
「いつ帰ってきたんだ」
「今日」
軽く互いの唇を触れ合わせてから多田の目を覗き込む。どこか子供っぽく、それでいて悟り澄ましたような焦げ茶色。
多田はフリーのカメラマンだ。
俺と多田は都内にある大学の経済学部出身で、二人とも写真をやっていて、写真同好会に入ったのが出会いだった。
俺は結局、趣味として写真を割り切った。卒業後は真面目に商社に勤め、それから今勤めている出版社に鞍替えしたが、やっているのは営業職だ。
一方の多田は、趣味を仕事にしてしまった。
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