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 一度個展を見に行ったことがある。多田の目は静かだが、力強く対象物を写す。ただ、芸術的な作品制作では食べて行けずに、報道カメラマンめいた事もしていた。  行動派の多田と、静物専門の俺は不思議と馬があった。サービス精神旺盛で、口や態度は子供のように落ち着きがないが、その実一人静かにしている事を好む多田と、仕事でなければ騒がしい事も人と積極的に接する事も嫌いな俺。お前といると静かにしていられるから良いんだ。冗談半分、多田は言っていた。  学生時代はよく二人、つるんで撮影旅行に行った。観光シーズンはバイトして金を貯め、人気のなくなった頃を見計らって遠出する。  いつだったか、もう思い出せない。恒例になっていた伊豆への旅行中、俺たちは抜き差しならぬ関係になった。  二人ともコミュニケーションに飢えていた。それに若かった。  今となってはそう若くもない、職場に行けば仕事仲間もいる。  だが、肌を合わせるほど深く関係したいと思える人間はお互いに一人だけだった。
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