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「今回は短かったじゃないか」
「さみしがってるんじゃないかと思って」
多田は近ごろ報道カメラマンとしての仕事が増えて、取材で海外へ飛ぶことも多くなっていた。一度日本を出ると帰ってくるのが億劫になるのか、大抵半年ほど戻ってこない。今回は二ヵ月。純然たる仕事旅行だったのだろう。
「お前がいないと静かでありがたい」
憎まれ口を聞く俺に、多田は嬉しそうに笑って見せる。野外をほっつき歩いていたのだろう。よく陽に焼けた肌に、歯が白く生える。
「俺は寂しかった」
腕が伸びてくる。器材搬送で鍛えた引き締まった腕。その癖指先だけはやけにしなやかで。
俺を抱き寄せる。
自然と、口をきく代わりに口付けた。互いに何度も角度を変えて、一番深く繋がれる場所で舌先を触れ合わす。濡れた音。漏らした吐息。微かな音だけが聞こえる室内。電車が走りさる残響が遠く。
俺は多田の首の後ろに腕を回す。項に触れる。そこにあったはずのちょろりとした尻尾が無くなっている。この前、長丁場だった撮影旅行から帰ってきて、髪を切らずにいたら結べるようになったんだと、何故だか得意気に尻尾を見せた多田の顔が。脳裏をよぎる。
「……髪、切ったのか」
「ああ。長いのはもう飽きたんだ」
そのほうがいい。長いのは似合わない。心中そう思う。
人なつっこく微笑む多田はただでさえ子供っぽい。髭を生やせとまでは言わないが、年相応な髪型にしておいた方が無難だろう。
「今度はいつまでこっちにいるんだ」
「ずっと。出て行くのは今回で最後だ。ずっとお前の側にいる」
「そんな事いいながら、二、三ヵ月後にはけろりとした顔で飛行機に乗ってるんだろ?」
「ほんとに本当だ。もうお前にさみしい思いさせたりしないから」
しおらしいことを言う。でも、多田の『ほんとに本当』が実現することは滅多にない。
俺はもう諦めている。それならそれでいい。でも、多田が日本にいる内はこうして一緒にいたい。
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