4/6
前へ
/6ページ
次へ
「今回は短かったじゃないか」 「さみしがってるんじゃないかと思って」  多田は近ごろ報道カメラマンとしての仕事が増えて、取材で海外へ飛ぶことも多くなっていた。一度日本を出ると帰ってくるのが億劫(おつくう)になるのか、大抵半年ほど戻ってこない。今回は二ヵ月。純然たる仕事旅行だったのだろう。 「お前がいないと静かでありがたい」  憎まれ口を聞く俺に、多田は嬉しそうに笑って見せる。野外をほっつき歩いていたのだろう。よく陽に焼けた肌に、歯が白く生える。 「俺は寂しかった」  腕が伸びてくる。器材搬送で(きた)えた引き締まった腕。その癖指先だけはやけにしなやかで。  俺を抱き寄せる。  自然と、口をきく代わりに口付けた。互いに何度も角度を変えて、一番深く繋がれる場所で舌先を触れ合わす。濡れた音。漏らした吐息。微かな音だけが聞こえる室内。電車が走りさる残響が遠く。  俺は多田の首の後ろに腕を回す。(うなじ)に触れる。そこにあったはずのちょろりとした尻尾(しつぽ)が無くなっている。この前、長丁場だった撮影旅行から帰ってきて、髪を切らずにいたら結べるようになったんだと、何故だか得意気に尻尾を見せた多田の顔が。脳裏をよぎる。 「……髪、切ったのか」 「ああ。長いのはもう飽きたんだ」  そのほうがいい。長いのは似合わない。心中そう思う。  人なつっこく微笑む多田はただでさえ子供っぽい。(ひげ)を生やせとまでは言わないが、年相応な髪型にしておいた方が無難だろう。 「今度はいつまでこっちにいるんだ」 「ずっと。出て行くのは今回で最後だ。ずっとお前の側にいる」 「そんな事いいながら、二、三ヵ月後にはけろりとした顔で飛行機に乗ってるんだろ?」 「ほんとに本当だ。もうお前にさみしい思いさせたりしないから」  しおらしいことを言う。でも、多田の『ほんとに本当』が実現することは滅多にない。  俺はもう諦めている。それならそれでいい。でも、多田が日本にいる内はこうして一緒にいたい。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加