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朝はいつだって気だるい。
遮光カーテンの隙間から明るい朝日が忍び込む。俺は眩しくて目をすがめる。
素肌にシーツの温もりが心地好い。カウチで一度、ベッドに移って一度。昨晩の狂態を思い返して、俺はひそかに赤面する。ガキの頃みたいな性交。夢中で貪って、一緒に眠った。
俺はあくびと共にベッドを抜け出す。洗いたてのTシャツだけかぶって、裸足のまま台所に立つ。コーヒーメーカーをセットして、眠気ざましにテレビを付けた。
ちょうど朝のニュースの時間。画面の隅の時計には6:36の文字。まだ早い。
もう一眠りしようとした俺を、アナウンサーの一言が呼び止めた。
『……この銃撃戦でカメラマンの多田芳行さん、32才ら三人の日本人が犠牲となり……』
──今、なんて言った。
俺は自分の耳を疑った。だって、多田は、多田は、此処にいる。
同姓同名の他人だと思った。だが、事件が起こったと言うその国は、多田が行っていた、
中東地域のイスラム国家で。
俺は水道を止めることも忘れて寝室に駆け込む。多田はそこで寝ているはずだ。
寝具をめくる。そこには寝乱れた跡があって。多田はいない。多田がいると思っていた俺の隣は、冷え切っていた。
嘘だ。確かに多田はいたんだ。此処にいて、俺に言った。もう何処へも行かないと。
その時俺は多田からの小包を受け取っていたことを思い出した。中身を確かめぬままだったそれにすがり付くように封を切った。
中から出てきたのは髪の束。多田が髪を結ぶのに使っていたゴムにまとめられて、ちょうど、あの尻尾をそのまま切り落としたみたいな。他には手紙も何も入っていなくて。
それはきっと、また、多田のイタズラの一つになるはずだったんだろう。こんなもの前ぶれもなく受け取ったら、誰だって驚く。
「……馬鹿野郎」
多田は帰ってきたんだ。最後に、俺の所に。俺にはそれがわかった。
「……おかえり……芳行……」
ほんとの本当に。おかえり。ずっと俺の側にいて。もう二度と、俺の側を離れないで。
俺は多田の遺髪を抱きしめて、静かに泣いた。
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