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保育園には、赤ちゃんの頃から小学校に上がるまで……六歳の頃まで通ってたんだよね。うちの親、共働きで忙しかったからさ。専ら、私のお世話をこなしてくれたの、十歳上の兄貴だったんだ。兄貴は私の送り迎えをするため、部活も入らないで毎日保育園に迎えにきてくれた。兄貴が大好きだった私は、その“お迎え”の時間が好きで好きでたまらなかったんだ。
『ナツメー。帰るぞー!』
『にーに!』
……そこ、だから笑うなつってんだろうが。小さな頃は兄貴のこと、にーにって呼んでたんだつーの。保育園児だぞ、可愛いもんだろがよ。
兄貴が中学生から高校生にかけて、ずっと私のお迎えを担当してくれていたんだけど。まー、妹の贔屓目抜いてもイケメンだったわけですよ。きりっとした吊目系、でもすっごく眼の光は優しくて、文系だったこともあってあんま日に焼けてもいなくて真っ白でさ。ちょっと明るい髪の毛が、いつも夕陽にキラキラ光ってたんだ。
落ち着いた優しい声が、すっごく好きだった。
お父さんとお母さんが仕事で忙しくても、寂しくなかったのは兄貴がいっつも私と遊んでくれたから。十歳年下の妹と同じ趣味が分かち合えるはずもなし、お世話は絶対大変だったと思うのにな。おままごととか、人形遊びみたいな女の子の趣味にも普通に付き合ってくれる、最高の兄貴だったんだ。
だから、私の中で“一番かっこいい男”はいつも兄貴だった。
将来は絶対、兄貴のお嫁さんになる。そう本気で思ってたんだ。つか、兄貴よりいい男が見つかるわけないって思ってたんだよな。保育園の同年代の男どもはみんな馬鹿ばっかりだし、私と喧嘩してもすぐ泣くやつらだし。まあ十歳上の、料理上手で落ち着きがある男と比べられたあいつらも不憫だったと今では思うけど。
『ねえにーに。今日のごはんはなあに?』
保育園に迎えに来てくれた兄貴、手を繋いで一緒に帰る時間が最高の幸せだった。何故なら世界で一番好きな兄貴のことを、学校の友達でも父さん母さんでもなく、私だけが独占できる時間だからだ。
その時間だけは、兄貴も私だけを見てくれる。幼心に、いっちょまえに独占欲があったわけだ。
『今日は麻婆豆腐の予定。好きだろ、まーぼー』
『まーぼー!だいすきー!』
家と保育園が、徒歩で行き来できる距離で良かった。子どもの足で二十分歩くのは少し遠かったけど、私にとってはちっとも苦じゃなかったんだ。
こんな時間がいつまでも続けばいいって本気で思ってた。――まさかそれが、あんな形で終わるとは夢にも思ってなかったわけだけど。
『!?』
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