3. 出仕

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3. 出仕

 夜半過、一人の宮女が紙燭を片手に殿舎の渡り廊下を歩いていた。後宮全体が既に眠りについた頃で、辺りはしんと静まり返っている。赤い花海棠の木々の間に朧月が浮かび、生温かい風が枝を揺らす。ぶるりと身を震わせ、宮女は自室への道を急いだ。  後宮にはそこかしこに怪異譚が転がっている。虐めに遭って自ら命を絶った宮女の鬼に、もう何代も放置されたままの開かずの間、知らぬ間に増える侍女に鬼界へと繋がる門……。挙げだしたらキリがない。昼間はそんな噂忘れていられるのだが、一人夜の闇を歩いているとどうしても思い出してしまう。急いで渡り廊下の角を曲がった瞬間、宮女の喉奥からひゅっと声にならない叫びが漏れた。北東の方角に遠く、ちらちらと揺れるものが見える。ぼんやりとした赤い光が木々の間をゆっくりと横切っていくのだ。  あの方向は確か、皇帝の命に逆らった妃が縊り殺されたという言い伝えのある場所のはずだ。つっと冷たいものが宮女の背に走る。瞬間、一際激しく燃え上がった炎に照らされて浮かび上がったのは木の枝に括られた一本の縄だった。 「いやぁぁ!」  甲高い悲鳴を上げて、宮女はその場に倒れ込んだ。
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