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翌朝、まだうっすらと明るみ始めたばかりの春空の下を、白檀は芳玉と二人馬車に揺られていた。寝起きだというのに芳玉はきっちりと官服を着ており、既に優美な姿をたたえている。ただ、流石に昨日の今日で疲れが溜まっているのか、目元が重たげではあるが。
(眠い……)
白檀は欠伸をかみ殺す。正直今まで後宮で寝起きしていた時よりも朝が早い。今朝は仕事の引継ぎがあるとのことで、朝もはよから芳玉に叩き起こされたのだ。新しい職務の内容は共に宮中に出勤する道中で説明してくれるようだが、そういう大事なことはもっと早く言って欲しいものだ。
長い凸凹道を抜けて、馬車は市場の大通りに差し掛かる。色鮮やかな絹織物に瑞々しい果物、異国風の帽子を被った蛇使たちに怪しげな大道芸人。広い通りには物や人が溢れ、周囲の喧噪が簾ごしに聞こえる。これだけ騒がしければ外で馬を操っている御者に中の会話は聞こえないだろうと判断し、白檀は涼しい顔で外の風景を眺めている芳玉に詰め寄った。
「それで、私は後宮で何をしたら良いんですか?」
以前四夫人の内の誰に仕えたいかと聞いてきたのは、白檀を試すためのはったりだ。本当の目的は何なのか、聞き出さなくてはいけない。
「君は反皇帝派の急先鋒は誰だと思う?」
質問に質問で返され、戸惑いながらも白檀は答える。
「……どこかの大貴族、楊家の当主などでしょうか?」
楊家はこの国の軍を統べる大貴族。皇族をも凌ぐ権力を持っているとは聞く。
「半分は合っているが、半分は違う。確かに楊家は保守派の貴族で陛下と対立することも少なくない。だが、先鋒に立っているのは当主ではなく、その妹、楊太后だ」
予想外の芳玉の言葉に、白檀は桃李の宴で眼にした太后の姿を思い出す。確かにその堂々たる存在感は隣に座る若き皇帝を圧倒するほどであった。しかし――
「たしか楊太后は皇帝陛下の養母でしたよね? それが何故反皇帝派だと?」
そう尋ねた白檀に、芳玉は一瞬目を揺らがせ、それから昔語りを始めた。
――現皇帝、李浩徳の母親は側室、それも本来ならば皇帝の目に掛るはずもない下位の側女であった。しかしある晩、酔いを醒ますためにふらりと後宮内の散策に出た先帝は偶然彼女に出会い、枕を交わした。そして妃は身籠り、浩徳が生まれたのだという。
その当時、正妻である楊太后――当時は楊皇后と呼ばれていたが――には跡継ぎとなる男児はおろか女児さえ生まれていなかった。それが偶然なのか必然なのか、恐ろしくて口に出せる者はいなかったが、他の妃たちにも子は生まれていなかったし、生まれても数週間で命を落としていた。そこにきて位の低い側室が男児を産んだのである。後宮内の混乱は想像を絶するほどであった。
先帝は子を守るためにあらゆる手段を講じた。優れた薬湯を西方より取り寄せ、護衛の者も大勢つけた。しかしその努力も虚しく、皇子誕生から数カ月が経たぬうちに事件は起こる。自室で倒れている二人の姿が発見されたのだ。母親の方は既に事切れていた。しかし、その胸にしっかりと抱かれた赤子の方にはまだ微かに息があったという。
二人が発見された時、部屋には香が焚きしめられていた。そしてその香は母子の健康を祈願して楊皇后が贈ったものであった。犯人が誰なのか、誰も口には出さない、しかし知らない者は後宮の中にはいなかった。
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