3. 出仕

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(ていうか、検非省って何? どこ?)  どこへ向かえば良いのやら、立ち尽くす白檀の耳に、背後からよく通る女性の声が響いた。 「項白檀様でいらっしゃいますか?」 「はい」  慌てて振り向くと、目の前には、美しい銀髪を高く一つに束ねた細身の少女が立っていた。白檀よりも少し年下、16歳くらいだろうか。正八品の浅緑色の袍に身を包み、装飾品の少ない地味ななりをしているが顔立ちはかなり整っている。 「検非省副官、銀英(ぎんえい)と申します。以後お見知りおきを」  少女は両手を前に出し、すっと礼をした。白檀も慌てて頭を下げる。 「清香君から仰せつかり、検非省のご案内を致します」  一応芳玉の方でも案内役は用意してくれていたようだ。ほっと一安心したのも束の間、白檀は無言でじっとこちらを見つめる銀英の視線に気づいた。 「えっと……」 「清香君からのご指示ということですが……私はあなたを認めません! 絶対に!」  初対面の相手にそう叫ばれ、白檀は呆気に取られる。 「あなたのような無名の宮女が突然一省の長官に任命されるなんて、前例がありません! いくら禁伺長の奥方だからといって、そのような不正は到底認められるものではありません。あまり己惚れなさいませんように」 (第一印象最悪じゃん!)  鋭い語気で告げられる言葉に白檀は押し黙る。まさか旦那が自分を長官に任命したなどとつい数十秒前までは露ほども知らず、こちらにも事情があるとはいえ、芳玉の権力がなければこのような地位に就くことができるはずもなかったのは紛れもない真実である。真っ直ぐな瞳をしたこの少女に、自分が返せる言葉はない。だが―― (環芳玉、随分と強引なことをしてくれたな。あとで締めておこう)  やるせない思いの矛先を芳玉に定め、白檀は気持ちを落ち着ける。 「ですがご安心ください。いくら気に入らない上司だからといって職務怠慢は私の信条に反します。どうぞ、ご一緒にお越しください」  少女はじっとりとした目でそう言うと、存外丁寧な動作で白檀に後に続くよう促した。 (私この先上手くやっていけるかなあ……)  きっと限りなく正直で真面目なのであろう副官殿の後に続き、白檀は一抹の不安を抱えながらも極楽鳥の描かれた後宮への扉を潜った。
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