3. 出仕

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「清香君、ご結婚おめでとうございます」  白檀と別れ一人宮殿の外廊下を歩く芳玉を待ち構えていたのは、周囲からひっきりなしに浴びせ掛けられる「祝いの言葉」だった。 「突然のご成婚、いやはや驚きましたよ」 「今ごろ都中の女が目を腫らしているでしょうな!」 「お相手も意外や意外、無位の下女とは……いや失礼、つまり環殿も無欲な方だなと」 「清香君に選ばれるとは、一体どのような女性なのでしょうね?」 「お式も随分こぢんまりとなされたようで。もっと早くにお知らせして頂ければ私も馳せ参じましたのに……」  行く手を遮るように次々と目の前に現れる大臣たちに内心では辟易するが、無視して通り過ぎるわけにもいかない。芳玉は微笑みを湛えながら、「いえ、お恥ずかしい」だの「貴公のお手を煩わせることでもございませんから」だのと無難な返事で一人ひとりに応えていった。  棘のある言葉も予想の範疇である。それに、誰一人として正室を娶ったならば我が家の娘を側室に、と言い出さないのはあまりにも思惑通りだった。それまで側女でも良いからと言っていた者も、流石に自分の娘を下女であった白檀よりも下の立場に置くのは矜持が許さなかったのだろう。 (これで当分縁談からは解放されるだろうな)  人知れず安堵の息を吐いたその時、 「環丞相は何と?」  群集から聞こえる声の中で、その質問だけが一際鋭く芳玉の耳を貫いた。一瞬引き攣りかけた笑みをどうにか保ち、芳玉は振り返る。声の主は昨日の婚礼には出席していなかった文官の一人で、その薄ら笑いの浮かんだ顔を見るに、どうやら身分の低い結婚相手に丞相は反対したのではないかという嫌味以外には含意はないようだ。 「……父、は私の好きなように任せると」  他の質問に答えるのと同じように、落ち着いた口調を意識する。折良く目の前には皇帝の執務室へと続く扉が見えてきたところだった。 「それでは、私はここで」  大臣たちに拱手し、芳玉は黄地の扉の向こうへと姿を消した。
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