4. 鬼怪

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「後宮の門番は内部の人間全ての顔を覚えることはできなくても、通行証を持つ人物くらいは把握している。別人が持っていればすぐに分かるだろうよ」  二人の動揺を知ってか知らずか、麝香は淡々と会話を続けようとする。 「――っ、麝香様」  白檀は完全に停止していた体を無理矢理に動かし、その場で礼の姿勢を取る。  どこから聞かれていた? いや、そんなこと今はさして重要ではない。「脱走」という言葉を聞かれている時点で既に言い逃れは難しい。よりにもよって反皇帝派急先鋒の家柄の后に見つかるなどと、人選としては最悪だ。それでも無言はまずいと本能的に感じ、逃げ道を探す脳の表層でどうにか言葉を紡いでいく。 「何故このようなところにお一人で?」 「なに、夜中に晩酌をしたくなって。最近この辺りに妖魔が出るとうちの侍女たちが騒いでいるから、どんなものかと酒の肴に見に来たら鬼に出会ってしまったというわけだ」  猫のような大きな瞳を細めて、にやりと笑う。片手には何故か酒瓶をぶら下げており、晩酌をしに来たというのもどうやら本当のことらしい。 (え、麝香様ってこういう性格だったの?)  桃李の宴で目にした時は楊家の一人娘という堂々たる立場に気圧されてしまっていたが、こうして本人を間近にすると、どちらかというときっぷの良い姐御肌という感が強い。 「で、後宮の外に出たいんだろう?」  麝香がちらと鴻月の方を見やる。同じ妃という立場ながら、実際には雲上の人にも近い麝香の真っ直ぐな問いかけに鴻月の体が少し後ずさりしたのが分かった。 「そう警戒しないでくれ。私もそこの彼女と同じ、別にこの件を誰かに言おうなんて思ってない」  思いがけない言葉に、白檀の心は疑問符で埋め尽くされる。しかし、続く言葉はさらに白檀を驚愕させた。 「私も手伝うよ。後宮脱出、面白そうじゃないか」
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