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私は今日と言う日を心待ちにしていた。
「祈願イラストおっけー! 神棚グッズの配置も完璧! 概念コーディネートもばっちり!!」
部屋の広さにしては大きい鏡の前での最終チェックを終えて、スマホの前に正座する。
時刻は十六時五十五分。メンテナンスが明けるまで、あと五分だ。
どきどきと今にも爆発しそうな心臓を抑え込んで、目を瞑る。
三日前。ガチャ内容が公式により告知された。今の季節にぴったりな夏祭り衣装のガチャだった。
しかも私の推しが星五。つまりこのガチャのメインだ。主役も主役。
その告知をみてしばらくの間、私が盛大に悶え苦しんだのは言うまでもない。
何せ私の推しは、ただでさえめちゃくちゃ顔が良い。薄氷を思わせる様なアイスブルーの美しい髪に、蜂蜜の様に甘い黄金の瞳。長い睫毛は頬に影を落とすレベルで、薄い唇がこれまた最高で。
もう造形が神。存在も神。語彙力が死滅するレベルの神。
そんな神が浴衣っぽい衣装を着て流し目でこっちを見ているカードだ。エロいしエモいし最高すぎて死ぬ。悶え苦しんだだけで済んだのは奇跡だとしか言いようがない。尊死しなかった自分を褒め称えたい。
だがしかし。一つにして最大の問題があった。
それは私が、二週間ほど前にあった推しの誕生日ガチャで、手持ちの石をかなりの数溶かしてしまっていたこと。
当然、課金するつもりではいる。だけど私はしがない学生だ。お姉さま方みたいに課金することが出来ない。つまり、ガチャを引ける回数に制限があると言う悲しい現実。
だからこそ、告知されてからの三日間は頑張った。
当たりますように、と願いを込めて丁寧に描き上げたイラストをSNSに投稿して。
大量にある推しグッズを自作した神棚にこれでもかと飾り。
推しのカラーであるアイスブルーのネイルを塗ったり。元々持っていた推し概念の服や小物をかき集めて、あれこれ悩みながらコーディネートしてみたり。
今の私に出来る最大の額を石に変えたり。
推しが降臨してくださいますように。お迎え出来ますように、と。朝昼晩と推しのぬいぐるみに本気で祈ったりもした。
姉にはドン引きされたが、恥なんてかなぐり捨てた私には関係ない。恥より推し。これが推し活の真理である。
やれることは全てやった。抜かりはない。あとは推しをお迎えするのみ。
目を開けて時間を確認すれば、十六時五十九分三十秒。
いよいよ、私の戦いが始まる。
息を吸って。吐いて。緊張と高揚から震えている手でスマホを持ち上げる。
十七時。
アプリを開いて、ホームに表示される推しの国宝級のご尊顔とずっと聞いていたくなる美声。そんな最強の後押しを受けて、ガチャのバナーをタップする。
「うっ」
画面が切り替わり、真っ先に目に入ったのは最高の推しの姿。あぁああ尊い。
危うく召されそうになった意識を引き戻すために、きつくスマホを握りしめて。荒ぶる心臓を少しでも落ち着けるべく深呼吸をする。
「……よし」
覚悟を決めて、記念すべき一回目の十連ガチャを引いた。
落ち着いた色を放つ画面は残念ながら星五確定演出ではない。
次々とめくられていくカードの中に、推しの姿はなかった。
「……ま、まぁ。まだ一回目だし、こんなもんこんなもん」
二回目。
「くっ! また星四確定演出……!」
僅かに期待したものの、やっぱり推しの姿はない。
いつの間にかスマホを持った手が汗ばんでいる。丁寧にティッシュで拭いて、スマホを持ち直した。
気合を入れ直しての三回目。
「あっ!?」
画面に流れる星五確定演出に思わず立ち上がる。
星五キャラのカードが出る直前は、キャラボイスが流れるのだ。つまり推しの声が聞こえたら確定したも同然。
期待に膨らむ胸を押さえて、少しの音も聞き逃すまいと。全神経を耳に集中させて。
聞こえてきた声に崩れ落ちた。……推しの声じゃなかった。
こう言う事はよくある。ガチャあるあるだと言ってもいい。
何せ、いくら確率が上がっているからと言って、確実に出るものではない。ガチャとはそういうものだと分かっている。分かっているから落ち着くんだ私。
こめかみを伝う汗を雑に拭って、意識して長く、息を吐く。そうしないと緊張でどうにかなってしまいそうだった。
「……大丈夫。私は推しをお迎えできる」
口にすれば叶うと言う誰かの言葉を信じて。残りの体力、気力。その全てを注ぎ込むように祈って。スマホを握り込んだ。
四回目。これで最後だ。次の十連で私の運命が決まってしまう。
落ち着こうとすればするほど緊張して、もう口の中がからからだった。
今まで以上に震える指でスマホの画面をタップする。
「あ、あっ!」
色鮮やかでカラフルな画面。それはまさしく、星五確定演出だった。
これは行けるのではとはやる気持ちを抑えて、ガチャボイスに耳を澄ませる。
「き、きたぁあああ!」
聞こえてきたボイスは間違いなく推しのものだった。
知らない間に止めていた息を吐き出して、快哉を叫ぶ。
推しをお迎えできた幸福を噛み締めようと、放り投げてしまっていたスマホを見れば。
「…………あれ?」
スマホに映るのは尊すぎる推しの顔だ。見間違いなんかじゃないし、幻覚でもない。だけど感じる違和感は、そのカードにどこか既視感を覚えたからだ。
推しの顔は毎日のように拝んでいるせいかとも思ったけど、違う。
じっと食い入るようにカードを見続けて、やっと気付いた。
「…………あ、え?」
気付いてしまった。
……このカードが今回のガチャのやつじゃなくて、半年くらい前に出たガチャのカードだと。
私は今日、ガチャに敗北したのだと。非情な現実を突きつけられる。
さすがにこんな終わり方は想像してなかっただけに、ダメージが大きい。普通に爆死した時よりもよっぽどしんどかった。
滅多刺しにされて底辺を彷徨うテンションのまま、のろのろと緩慢な動きでツイッターを開く。
ツイッターには、推しをお迎え出来た同志達の歓喜の雄叫びが並んでいた。中には十連で二枚引いた強者もいるらしい。狂喜乱舞したツイートに苦笑して、いいねボタンを押す。
……さて。わざわざ結果を報告するまでもないが、私一人でこの感情を処理できる気がしないので。
『ガチャ爆死しました!!』
とだけツイートしておこう。
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