#002 / 百腕-Never Land' II-

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 曇り空のある日、事件から数日が過ぎたあと。  マスコミは当然のように無遠慮な報道を行い、この殺人を現代の病魔の一端なんて言葉で済まされるまで摩耗させ、そして今日もまた残された親族たちにマイクを向けていた。  親戚であるらしい少女が泣きはらしていた所にマイクを押し付け、中学生ぐらいの姉が癇癪を起こしそうになった瞬間。 「……やめろ」  俺・羽村リョウジは記者の腕を引っ掴み、握り潰すくらいのつもりで握力を籠めた。  商人型の笑みを浮かべた記者は軽い調子で頭を下げ、人の輪の外に出てから舌打ちしていた。   吉岡雛子の葬儀では、たくさんの人間が涙を流していた。 「…………」  部外者である俺たちは塀の外で見送るに留まる。  人々の列に群れる虫のように集う記者たち。  隣で泣きはらすアユミを宥め、仏頂面で腕組みしている先生と視線を交わし、吉岡家の奧に目向けた。  奧に飾られた笑顔の写真。  参列者となったクラスメイトたちのことごとくが、この世の終わりみたいに泣いていた。  小学生たちだけじゃない。教師も。親戚も。他人に見えるオッサンおばさん爺婆連中までもが揃って涙していた。  しけった空気。否。いくら葬式だからって、ここまで絶望的な空気が流れる場も滅多にないだろう。 「……思ってた以上に、好かれてたってことかな。あいつ」  灰の曇天を見上げて溜息を吐く。  吉岡雛子。  あいつは生前、うちのクラスはみんな仲良しだと語っていた。結局崩壊してしまったとはいえいまどき珍しい教室があったもんだと思ってみれば──なんてことはない。あいつが中心にいて、みんなを纏めていたってことだろう。よほどの人気者だったらしい。式場でじたばた暴れ、喉が張り裂けんばかりに大泣きしている少女までいた。  そんな中でただ一人涙を流していない者に目を向ける。 「…………」  喪主、吉岡綾子。あの似つきもしないヤンキーみたいな女が雛子の母親らしい。哀しみよりも前に疲弊が出ていた。  疲れるのも当然だろう。連日の報道にて、あいつが学校に乗り込んで授業中に不満を散らしていくような親だというのは日本中に知れているし、つまらないことで雛子を家から追い出し、そのせいで罪もない少女が死んでしまったのだ──そんな話が既に常識になっていた。 「……先生。実際どうなんですかね、あれ」 「ん? ああ……噂の典型的モンスターペアレント様か。へぇ、あれがねぇ」  先生は楽しげな風もなく息を零す。 「不謹慎だがざまぁないね……という辺りが世間の風潮だろう。でも正直同情はするよ」 「どうしてです?」 「なんてことはない。近くに夫がいないだろう」 「あれ……そういえば確かに」  父親。  吉岡家の主がいない。 「行方不明なんだそうだ。きな臭い職業の人間らしい。ある日一家の大黒柱を失って、生きてるのか死んでるのかも分からないような状況になり、経済的にも追い込まれたんだ。荒れるなって方が無理だろう」  眉間にひとつ皺を寄せ、先生は不機嫌そうに語る。 「しかし、本人の人格の欠陥も否定はしない。授業中だぞ授業中。オレにはぜったい真似できないね。というより普通は誰にもできないだろうさ」  雛子の孤立の原因となった出来事だった。本人も、深く傷ついていた。 「だがそれでも、アルバムの中に娘と笑顔で抱き合い、仲良くアイスを食べている写真なんかがあったのも確かだ。愛してなかったわけじゃないだろう。やっぱりあれは、単にほんの少し歪んでいただけの、哀れな遺族だと思うがね」  はぁと疲れたように息を吐いて、先生は泣き続けるアユミの頭に手を置いた。 「だから来るなって言ったんだよ、お前は」 「だって……だって雛子ちゃん、が……っ」  ぼろぼろだった。  分かってたことだけど。  だがそれよりも気に掛かることがあって、俺は横目に先生を睨みつけた。 「……ヤケに詳細ですね。どういうことです?」 「睨むなよ。別に興味本位で調べ漁ったわけじゃない」  先生は一冊のファイルを俺に投げ渡し、黒髪を掻き上げた。 「呪いの痕跡があった。吉岡雛子の殺人現場に、だ」 「────」  息が詰まった。  だが哀惜に代わって滲み出す黒い感情は押さえきれない。  なるほど、狩人の出番。  ただの殺人事件じゃなかったってことか。 「任務だ。やれるな? 少年」 「ええ」  雛子の無惨な死に様が蘇る。  いまなら、手加減も容赦も何もなく殺れそうだ。 「先に神社に行ってろ。雪音が待ってる」 「了解です。そっちは──」 「このバカの気が済んでからだ。アユミ、いっそ線香でも挙げにいくか? どうせならその方が──」  吉岡家に入っていく二人を見送って、俺は目的地へと歩き始めた。
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