#002 / 百腕-Never Land' II-

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「ごめんなさいね、うちのバカ二人が。何度言っても聞かなくて」 「いいですよ。嫌われてるのは知ってますから」  理由は知らないけど。  あの双子、何故か俺を毛嫌いしているのだ。始めて会ったあの日はマジで恐かった。悪霊どもめ。 「ほんとにもう……なーんで二人揃って凶暴なのかしらねぇ」  日々野(あい)と日々野(みどり)。  もとは有害認定の悪霊だったが、雪音さんが庇って囲い込んだお陰で、いまもああして生かされている。  現在は雪音さん指導のもとにこの神社に暮らし、狩人の手伝いなんぞをやっている、一応味方だ。主な仕事は情報収集。 「姉様、おなかすいた」 「姉様、のどがかわいたなのです」 「はいはい。いちいち報告しなくていいから、勝手に冷蔵庫開けてなさい」 「「…………」」  さらりと軽くあしらわれて、双子が俺を睨んでくる。待て。別に奪ってないから。  双子はくいくいと雪音さんの小袖を引っ張り、縋るように言ってくる。 「姉様、ビー玉しよう」 「姉様、けん玉やってみせてほしいなのです」 「あんたたちねぇ……」  訂正。あの二人の主な仕事は、雪音さんを困らせることだと思う。 「姉様ー」 「姉様ー」 「はぁ……まったく……」  ちなみに雪音さんはいまでこそ管理職みたいな立ち位置にいるが、もとは先生の相棒として最前線で活躍していた人なので、俺は当然だがアユミでさえ勝てない実力派だと思われる。  雪音さんはにこりと優しく微笑み、ふわりと双子を抱き寄せ叫んだ。 「仕事だって、言ってるでしょぉおおおおおっ!?」 「「ひきゃー!?」」  文句なしの実力派がどういう経緯を経て、あんな無駄に華麗なプロレス技の数々を行使するようになったのかは知らない。あまり知りたいとも思わない。 「……雪音さん、子供にコブラツイストは巫女としてどうかと」 「いやいや、やっぱりしつけは大事よねぇ。最近のバカ親はしつけと暴力の区別もつかないらしいけど、怒ると叱るは別物なのよねぇ」 「深いんだか浅いんだか……えーと、どう違うんですかそれ?」 「怒ると叱る? んー、感情が先か理性が先かの違い、って辺りでどうかしら」  ああ、それは一理あるかも知れない。さすが本物の職業巫女さん、達観している。 「ここここわれる! こっかくがばごんと音をたててこわられるるる……!」 「あ、藍! がんばるのです! そこからあいあんすーぷれっくすで倍返すのです!」  そりゃ無理があるだろ。首が抜けるぞ、すっぽーんと音を立てて。 「ところでクソ魔女はまだ来ないのかしら。時間だし、そろそろ仕事の話を始めたいのだけれど」 「いいいいい痛ひ!? まだまだ痛いよ姉様ぁあああ!」 「わわわわ割れる!? すいかのようにみずみずしく割れちゃうなのですぅううう!?」 「…………」  ダブルアイアンクロー。双子半泣き。  鉄の握力だが顔はシリアスシーン。間違っても敵にしちゃだめだ、この人。  ──早坂雪音さん。  縁条市狩人総括にして早坂神社の巫女兼神主代理。ポニーテールに小袖と緋袴のお姉様は、静かに語り始めるのだった。 「ええと、クソ魔女とアユミちゃんが遅れてるわね。来てから話しましょうか」 「いえ、時間が惜しい。一刻も早く動きたいんで、先に概要だけでも聞かせてください」 「そうなの? ずいぶんと気合いが入っているのね」  言われるまでもない。雛子殺しの犯人に繋がるのなら、俺は何でもするつもりだ。 「…………私怨」 「なんです?」 「いえなんでも。そうね、やる気があるのはいいことよ。この前の初実戦もがんばったのだものね」  雪音さんの瞳は、湖面のように澄んでいる。まるで真実を見透かす千里眼のようだ。 「ただ――――仕事と、自分を混同しないようにね。狩人の仕事では特に。この区別を忘れると、たちまちに足を取られるのが異常現象狩りなんだから」 「…………」  正しい、のだろう。  だがいまは、それを素直に聞き入れられる気分ではなかった。  ――なぜだか、脳の奥に、ザラリとした砂のような感触がある。 「事件概要は……まず、吉岡雛子ちゃんの件は話すまでもないわね」 「はい」 「殺されたのが雛子ちゃんだけじゃないことも知っているわね」 「……はい」  雛子殺しは、以前から連続して起こっていた殺人事件に連なるものだった。テレビでも繰り返し報道されていたその事件。 「――――『連続女児誘拐殺人』。昔もこの手の子供殺しが多発した時期があったけれど、今回の事件もその一種と言われている。ただひとつ特徴的なのは――――」  神社の空気が重く沈んでいく。雪音さんは、闇の中で怪談を語るように人差し指を立てた。 「――――連れ去られた子供が、生きたまま食べられる(・・・・・・・・・・)という凄惨な殺し方をされている点ね」  吐き気がする。  あまりの憎悪に震えそうになるのを、奥歯を噛んで抑える。  そんな俺を、雪音さんは静かに見ていた。 「雛子ちゃん殺しも、その連続殺人の一端だった。運悪く深夜に出歩いていた彼女は、犯人に目をつけられて、最悪の結末を辿ってしまった――ここまでが『表向きの』顛末よ」  悔やんでも悔やみきれない。あの夕焼けの別れの時に、無理にでも呼び止めて家に帰していれば、こんなことにはならなかったのだ。 「――そして、ここからが裏側の話。異常現象側の話になるわね」  風が重くなる。神社の影を注視する。そこには何もいない。何も。 「ここ最近、子供の亡霊が何者かに連続して連れ去られてる事件は師匠から聞いてる?」 「……はい?」  なんだそれは。まったく知らない。 「はぁ……相変わらず君たちの先生はずぼらねぇ」 「それは否定の余地がないですね」 「子供の亡霊――特に、私たち狩人のリストに載っていたような、無害認定の子供の霊がね、次々と姿を消しているのよ。まるで、連続殺人事件の裏返しのようにね」  狩人は悪霊を退治するが、悪霊でないなら退治する必要がない。  そして、これは俺の私見だが――感覚的に、子供の悪霊は少ない気がする。あくまで肌感覚でしかないが。理由は分からない。 「私の目の届く範囲でも、八人は連絡が途絶えてるわ。ただごとじゃないのは明白だから、急ぎ調査したの。すると驚くことに――――雛子ちゃん殺しの犯人と結びついたのよ。この犯人は子供を殺し、子供の亡霊を集めている」  亡霊というのは、人のカタチをした呪いのことだ。  いわゆるユーレイというやつに酷似しているが、厳密には少しだけ、そして決定的にあ る一点で別物であり──という細かい話はこの際捨て置くが。  連続して子供の亡霊が連れ去られているという事件。それと、雛子の殺人。この二つを 結びつけた物証は―― 「……呪いの痕跡、ですか」 「そう。鑑定にはこの子たちと“葬儀屋”の両方を使ったから間違いないと思うわ」 「うぎぎ……姉様、痛、ひ……」 「うぐあぅぅ……姉様ぁぁ~」  双子は雪音さんの握力責めに遭い、既に半泣き状態だった。  藍と碧。  雪音さんがようやく笑顔を浮かべ、双子を解放して頭を撫でた。 「知っての通り、この双子の霊視は予知能力みたいなものよ。殺人現場に残された残留思念から、その映像を拾うことが出来るほどの」  邪悪双子が俺を威嚇している。俺が思うに、こいつらは数少ない子供の悪霊で、亡霊だから呪いに敏感だって話だろう。 「でも、子供の亡霊ばかりを連れ去るって、一体何が目的なんですかね」 「そうね、考えられる仮説がなくはないんだけど──」  そこで、雪音さんの顔に苦いものが浮かんだ。 「……そう。同一方向の呪いを大量に集め、一カ所に配置して、何らかの方法で相互浸蝕を促せば……」  よく分からない呟きだったが。  雪音さんは振り払うように、かぶりを振った。 「有り得ない──と、思う。そう、人為的に作り上げるなんて不可能だわ。そんな怖ろしい話、まるで前例がないもの……」 「雪音さん?」 「理由は不明のまま、ということにしておきましょう。雛子ちゃんの殺害といい、犯人の動機はまったく分からない。ま、その辺りは捕まえてふんじばってから口を割らせればいいわ。ね、狩人見習い君?」  明るい笑顔を向けられる。  一体どんな仮説が浮かんだのかは知らないが、雪音さんが「動機不明」と言うならそれでいい。俺は犯人をブン殴って捕まえて、必要なら処断するだけだ。 「……犯人の情報は、何かあるんですか?」 「手掛かりね。まだ明確ではないのだけれど――」  木の葉が落ちる。影になった雪音さんのガラスの瞳に、はらはらと落ちる葉の軌跡が映し出されている。 「先に言った通り、雛子ちゃんの殺害現場や子供たちが連れ去られたと見られる場所、及 び縁条市内のあちこちで同じ呪いの痕跡が見付かったのよ」 「呪いの……痕跡」 「分かり易く言えば断片ってところかしら。そうね、例えるならふと道を歩いていた時に、無性に空気が熱く感じたり、眩暈がしたりぼーっとしたり。そんな感じの場所はね、霧散した呪いの跡が漂っていたりするのよ」  無性に、空気を、熱く?  例えば息苦しくて、視界の隅に朱が差すような、そんな空気のことか?  何だろうそれ。知らないな。まったく、身に、覚えが……ない。 「呪いは感情。呪いは強い恨みつらみ。現実を捻じ曲げるほどの強い想い。それらは断片であっても、無意識レベルで人の精神に作用するものよ。――そう、悪意は現実に感染するものなの」 「……雪音さん。雛子殺しの犯人の呪いは……どんな、ものなんですか」  なんとなく、シャツの胸の辺りを掴んでいた。  鼓動が少し早い。  たぶん、俺は動揺している。 「ああ、これが厄介な話でね。汚染地域を計算に取り込んじゃう、とでも言えばいいのかしら」  雪音さんは物憂げな瞳で鳥居を見上げ、いつもの清涼な声で、敵の呪いの仕組みを語った。 「一定範囲内の情報をすべて取り込んで、怖ろしい計算能力で結果を導き出す。取り込む要素の中には物体の現在位置からそこに掛かっている物理的な力、他の呪い、それに加えて怖ろしいのが人間の精神状態に、記憶や条件反射みたいな無意識まで取り込んで先読みを実行してしまえるという特性でしょうね」  雪音さんの目に、苦い色が混じる。 「これは恐怖よ。勘に頼らない確実な先読みをやられる以上、恐らく真っ当な戦闘では倒せない」 「つまり……その呪いを行使すると、何が出来るんです?」 「有り体に言えば──」   視線が交わる。  答えを待つ。  鼓動が少しずつ早まっていく。  境内を木枯らしが駆け抜け、砂を巻き上げて藍と碧に声を上げさせた。  風の中で、雪音さんはハッキリと、言った。  「──────未来予知(・・・・)かしらね」  その瞬間、耳を掠めた。  ──ニュースで見たんだ。殺されたんだってね。まだ子供だっていうのに、あまりにも惨い話だ。  白々しい同情の言葉。  それを物憂げな瞳で語った誰か。自称、予知能力者。 「……は」  不思議だ。鼓動が沈んでいく。何故なら確信があったからだ。理由のない確信。直感にも似た等号。  雛子殺しの犯人=相沢ユウヤ。そんな簡潔すぎる公式。  何故だろう。  証拠もなく、なのに疑いようもなく、その事実は奇妙なまでにぴったりと当て嵌まっていた。 「は、羽村君!? 大丈夫!?」 「え……」  気が付けば、雪音さんが心配そうに俺を覗きこんでいた。  いつの間にか地に手を付いている。なんだ。全然冷静じゃない。 「……はは」  そうだ、冷静でいられるはずがない。  あの野郎よくもヌケヌケと雛子を殺したその手で雛子をなぶったその口でその両眼でよくも俺に声を掛け同情の顔を見せ気休めを吐き友人を気取り──! 「…………」  視界が暗い。  双子が怯えたように後ずさっている。 「……羽村君?」  ゆっくりと立ち上がった俺の口は、これ以上ないほど簡潔に、冷ややかに自分の意志を述べた。 「―――――――――殺す」  魔風の速度で駆け出した。  鳥居を抜ける。石畳に足を掛ける。その瞬間に、背後から声が聞こえた。 「姉様!」 「姉様、いかせちゃだめなのですッ!」  藍と碧はあまりにも迅速に、的確に俺の殺意を察知した。 「ま、待ちなさい羽村君!」  だがもう遅い。  俺は駆け出してしまった。もう奴を見つけ出すまで止まらない。石畳を滑るように駆け下りていく。 「あれ……羽村くん?」 「何?」  階段の中腹で、間の悪い二人組と出くわした。先生とアユミ。状況を知らない二人に、上の方から指示が飛ぶ。 「バカ魔女! 羽村君を止めなさい!」 「!」  すれ違うわずか一秒前のことだ。それで先生は察したらしい。 「……待て少年。どこへ行く」  先生が有無を言わさず立ち塞がった。仕方なく立ち止まる。睨みつける感情と、先生が日本刀を持ってないことを確認する理性。  双方同じ結論に達した。またもや簡潔に、俺の口は意志を述べる。 「……どいてください」 「羽村くん……?」  アユミの呆然とした声さえどうでもいい。  腰の後ろに手を回す。  先生は視線を一段と鋭くして、跳躍の予備動作。石畳の真ん中で睨み合い、鬼のように叫び合う。 「どこへ行くのかと聞いてるんだ!」 「どいてくれって言ってんだろうがッ!」  先生が駆け上がってくる。  俺は腕を振るい、ナイロン繊維をばらまいた。 「──っ!?」  蜘蛛の糸が奇音を鳴らし、瞬時に階段脇の木に絡み付き、幾重もの壁を作り上げる。  即席だが大がかりな蜘蛛の巣。これで数秒程度は稼げる。充分だ。俺は石畳を強く蹴り付けた。 「羽村……待て!」  階段と空中で視線の交差。  先生とアユミごと蜘蛛の巣を飛び越え、長い階段を滑るように駆け下りていく。 「待って! わたしも──わたしも行くよ! 羽村くん待って! 待ってってば!」  アユミの叫びが虚しく響き、少しずつ遠ざかっていく。  曇り空の真下で、彼女の声だけが、最後まで俺の背中に向けられていた。
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