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アユミと肩を支え合って、西通りを後にする。
この有様で堂々と表を歩くわけにも行かない。雛子に先の道を偵察してもらいながら、裏道を伝って、ようやく早坂神社まで辿り着いた。
地獄の石畳をだらだら登り終えると、先生と雪音さんがいた。
藍と碧は俺たちを捜して街を駆けているのだろう。先生と雪音さんもケータイ片手にいったん神社まで戻ってきた、という様子だった。
ボロボロの俺たちを見て、二人が息を呑むような表情をした。だがそれも一瞬のことで、すぐさまいつも通りに戻ってそれぞれ言った。
「フン……死ななかったのか、残念残念」
「クソ魔女、本当に真剣に殺すわよ」
両者分かり易くて結構ですね。やっとの思いで砂利に腰を下ろし、息をつくと、ぱたぱたと雪音さんが駆け寄ってきた。
「ケガはない? って、あ、アユミちゃんっ!?」
「はい?」
巫女さんがカタカタと震えながら、アユミを指差した。
「血! 血みどろじゃない! 痛くないの!?」
「え……あぁ」
にっこり笑ったアユミが石化し、さぁぁあああああと秒速で青くなった。
「い……痛いです。しにます。もうしにます。失血でしにます――う。」
「し、しっかりして! いま、いまいまいま止血するからね、おおお落ち着いて! 落ち着くの、いますぐ急いで速やかに冷静にものすごい勢いで落ち着くのよ!」
リアルに青白くなって倒れるアユミと、どたばたしている雪音さんを余所に、先生が俺の正面に立った。
「いくぞ、少年」
切れ長の瞳が俺を射る。
首を傾げた雛子を余所に、俺はのっそり立ち上がる。
「はい。遠慮なくどうぞ。先生」
「この──」
黒セーラー服が翻る。握りは無論、パーでなくグー。
「────大馬鹿者がッ!!」
先生の鉄拳が頬に突き刺さり、俺は為す術もなく吹き飛ばされるのだった。
砂利を滑って派手に倒れる。目の前を鳩がばさばさ逃げていった。秋風と沈黙。破ったのは雛子だった。
「い、いきなり何すんのさ!? やめてよ!」
健気にも両手を広げて立ち塞がる。
「この人はすごくがんばったんだよ! あたしの友達取り返すために体張ってくれたんだから! これ以上痛め付けるって言うんなら、あたしが──!」
ああ、なんてイイコなのだろう。
「気に病むな少女、その馬鹿の自業自得だ。敵地に単独特攻、挙げ句ボロボロに敗けて帰って来た。しつけは師匠の仕事だろう?」
そして先生は先生なのだった。生ける地獄。あの威力で歯が折れていないという、むしろ経費節約のために面倒な傷は作らないという、これがうちのお師匠サマだ。暴力が卓越しすぎている。
「でも、だからって殴ることないじゃん……大丈夫? 救急箱探してくるね……」
雛子が境内を見回した。巫女服の雪音さんを見て、救急箱の在処を尋ね、ぺこりとおじぎして駆けて行った。金のツーテールがぴょこぴょこ揺れていた。
雪音さんはがっしと先生の肩を掴み、眉間を押さえながら言った。
「……分かってる、間違ってない。間違ってないんだけどねクソ魔女」
「だろう? オレはいつだって正しい」
はぁぁと長く息吐いて、半眼で先生を見た。
「でもね、お説教は家でやりなさい。ほら、羽村君とうとう完っっっ全に立ち上がれなくなったじゃない。一体誰が運ぶわけ?」
「………」
腕組みしたまま固まった先生を見上げながら、俺の意識は既に朦朧としていた。沈黙する先生のすぐ背後を、アユミが自分の流血にあわあわと混乱しながらどたばた駆けていった。
「チ──うるさいぞアユミっ!」
「あぐっ、せ、先生!?」
ぐわっしゃーんとアユミを峰打ちでブッ飛ばす魔女。「げふ」と気を失った少女を見て、先生は信じられないものを見るように、自分の右手に視線を向けた。アユミを殴り倒した日本刀が握られていた。
「く、あぐ──!?」
と、そこで何故か急に右腕を押さえて唸り始めた。雪音さんは冷えた顔でそれを見ている。
「ぐ――あああっ! う……がっ!?」
十秒ほど迫真の演技で悶えてから、黒セーラー服の高校生は淡泊に言った。
「邪気眼のせいだ。オレがやったんじゃない」
「はいはい、脊椎反射でしょ」
暴力女王。
+
「さ、改めまして。とっとと始めましょう!」
ぱんぱんと手を叩いた雪音さんの進行で、作戦会議が始まった。
境内で、円になって座っている。端から見たら異様だろうが、早坂神社は神仏の代わりに閑古鳥を祀ってるような廃墟なので問題ない。俺もアユミも少しだけ回復していた。
「まず君から」
「え、あたし?」
雪音さんはびし、と雛子を真っ直ぐ指差した。
「えーと、人違いじゃないわよね? 吉岡雛子ちゃん?」
「はい──そうです、けど」
「う~ん……」
雪音さんは腕を組んで、困ったように雛子を凝視していた。
「亡霊……なのよねぇ?」
先生はどうでもよさそうに背中を向け、緑茶をすすりながら言った。
「亡霊だ亡霊。察するに、呪いの目的は復讐だろ。有害認定決定。死刑」
「えぇっ!?」
雛子が青ざめ、雪音さんの拳が先生のわき腹に突き立つ。
先生は激しく咽せた。
「げほ、ごふっ!? ……何する雪音。オレはいつだって正しいんだが」
もうそのセリフ信用ないですけどね。
「う~ん……困ったわねぇ」
けど、確かに間違っちゃいない。
俺たち狩人の基準は、その呪いが無害か有害かという一点だ。
ただそこにあるだけならば黙認。
他者を害するならば討伐か、その原因を解決する。
「…………」
雛子の双眸を盗み見る。つまり、雛子が是が非でも相沢への復讐を果たそうとするなら、俺たちは雛子を――。
「……だれだこいつ」
「姉様、だれなのですかこのこわっぱは」
お前らが言うか。
「──え?」
いきなりの出現に、雛子が背後を振り返った。藍と碧。着物姿の双子がだるそうに鳥居をくぐったところだった。
「あら、おかえりなさい二人とも。何か面白いもの見付けてきた?」
「うみゅ。姉様、たいやきもらってきたぞ、四つも」
「おっさんのおごりなのです。ろりこんはびょーきなのです。はい、姉様」
待て。お前ら何しに行ったんだコラ。
「「…………」」
じぃぃぃぃ。
雪音さんにたいやきを渡すや否や、藍と碧が揃って雛子観察を始めた。
「……な、何?」
気圧された雛子が言うと、双子は揃ってふんと鼻を鳴らした。
「綺麗な願いだな。すごくバカだ」
「は?」
「こわっぱ。おまえに、このたいやきをくれてやるなのです。ありがたくむさぼるように食べるがいいのです」
「え……ありがと」
言って碧がたいやきを手渡す。それっきり興味を失ったのか、双子はわーひゃー言いながら駆けていった。意味わからん。
「……ふふ。なるほどね」
と、雪音さんが意味深に笑った。
「わかった。雛子ちゃんの件は保留でいいわ」
「いいんですか?」
「ええ、いいの。」
雪音さんは、何かを理解しているように断言するのだった。総括がそう言うなら従うしかない。
「それじゃあ次の議題――“ネバーランド”についてなんだけど」
それに関しては、まだ誰も何も知らない。
揃って顔を見合わせるが、特に意見は出なかった。
「……なぁ雪音。勇者の反語はなんだと思う?」
唐突に、先生が揶揄するように言った。
勇者の反語?
なんだろう……臆病者か、魔法使いか、それとも魔王か。
「バカ言わないで。ありえないわ」
「そうだな。集まった子供の亡霊は約五十人、自然に起こるには数が足りない」
雪音さんは視線をきつくし、先生は相変わらずどうでもよさそうに仮説を捨てた。
「……何の話ですか?」
俺が尋ねると、先生はずぼらに解説してくれた。
「少年。異常現象は大半が五つに分けられるという話はしたな?」
「えぇ……」
基本分子、呪い。
それに起因する第一から第三までの現象と、それに起因しない第四と第五現象。
亡霊こと残留衝動体が、これの第一現象に当たる。
体育座りで聞いている雛子がまさにそれだ。その輪郭は時折掠れ、よく目を凝らすと向こうの景色が透けている。
「五大現象の話にはいくつか番外編があるんだよ。中でも、これは呪いに起因するが、滅多に起こるものでもないから五大現象には数えられないという奴。ま、要は自然災害の話さ」
「はぁ……」
自然災害? まだピンと来ないが、地震でも起きるのだろうか。呪いで。
「それじゃ、“ネバーランド”も保留ということでいいわね?」
それを聞いて、先生が緑茶をずずずとすすった。
「結論のでない会議だな。帰っていいか?」
「死になさい。さ、次は相沢ユウヤの“全域知覚の呪い”について」
思い返す。
相沢の偽・未来予知能力。
西通り全域を汚染し、先読みの支配下に置いて、アユミの猛攻も俺の六道沙門も凌ぎきってしまった強力な呪いだ。
戦闘に於いて、思考や手の内を事前に把握されるというのはお話にならない。
俺は眉間に皺を寄せ、本当に真剣に心から言った。
「無理です。倒せません」
「次」
「帰っていいか?」
「星になりなさい。それじゃ、雛子ちゃんの友達の件なんだけど……」
「あ」
その時。
俺の対面に座る雛子が何故か、目を見開いた。
「雛子ちゃん……」
「!?」
突然の声に、俺たちは一斉に振り返る。
「優奈ちゃんっ!」
神社の鳥居の足元で、さっき相沢の隣りにいた少女──宝生優奈が遠慮がちに手を振っていた。
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