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「……?」
ふと、宝生優奈は坂道のてっぺんで立ち止まった。
名前を呼ばれた気がしたからだ。
周囲を見回すが、誰もいない。
「……優奈」
だが、今度ははっきりと聞き取れた。予想外に声が近い。どこだろうと視線を巡らせて、優奈はようやく、日陰で体育座りしている同い年くらいの少女を見付けた。
電柱と塀の隙間で。
少女は何故か、体育座りしていた。
「か、香澄? そんな所で何してるの?」
少女、西條香澄は薄暗かった。伸ばしすぎた前髪の奧で、いっそう仄暗く微笑んで、小さな悦楽まで浮かべて語る。
「……狭い、暗い、落ち着く。…………ドキドキする」
「…………そう」
あまり深くは突っ込まない。よく分からない危うさを感じたからだ。
優奈はよいしょと香澄を引っ張り出し、叱るように言った。
「まったく、どこ行ってたの? 雛子ちゃんも探してたよ」
「…………」
無気力な瞳が優奈を振り返る。
じぃぃぃと観察するような眼差し。
笑うでも悲しむでもなく、香澄はただごく自然に呟いた。
「……縁条市下柳町241番地、マンション『ベアレーゼ』501号室」
「え?」
とくん、と眩暈がした。
どこかで聞き覚えのある住所だったからだ。
目を見開いた優奈に、香澄は変わらない調子で呟きかけた。
「……見付けたよ。優奈のお父さんの居場所」
「──────」
とくん、とくん、と胸が鳴る。
父親。
どうしても思い出せなかった、生きていた頃に住んでいた家。自分を殺した人間の居場所。
きゅ、と握った拳を胸に当て、動揺を押し隠して、優奈は笑顔を繕った。
「姿を見ないと思ったら。一人で探してくれてたんだ?」
「……うん。あの人は、信用できないから」
『あの人』とは相沢ユウヤのことだろう。優奈が相沢と合流してから、香澄はずっと姿を見せないでいたのだ。
香澄は優奈に向き直り、眠そうな瞳のままで尋ねた。かすかに分かる程度の、真剣さを宿して。
「……行く?」
迷いながらも。
こく、と優奈は頷いた。
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