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私立青柳高校は金持ち校であるらしい。
両脇を林に挟まれた長い直線道の先に、その高校はそびえていた。木々にも芝にも手入れが行き届いていて、アスファルトの色も真新しい。この道が生徒で埋まる光景は容易に想像できた。
直線道の終点、綺麗な正門から十メートル手前の辺りで、俺・羽村リョウジは足を止めた。
「…………」
耳を澄ませる。
変わらず呼び声と風に覆われたまま。
頭上には形を持った悪夢が浮かび、いまなら小さな気配など意図せずとも覆い隠されてしまうことだろう。
だが、狩人の直感は感じ取る。確認するように顔を向ければ、アユミも俺を見ていた。
視界の端で、がさりと茂みが揺れるのを聞いたのだ。
芝を踏む音。
まるで心霊現象か、野良猫でも隠れ潜んでいるようじゃないか。
「はぁ――」
思わずため息が漏れてしまった。アユミとアイコンタクトしてから、前を歩く背中を呼び止める。
「先生、いいですか」
「なんだ?」
魔女は静かに振り返る。
笑っている。
全部お見通しという表情で。
なら、教え子たる俺は、自身の選択を提示して判定してもらうだけだ。
俺は肩を竦め、眉間に皺を寄せて言い放った。
「……俺、帰っていいですか」
「ほう? 何故だ」
弱々しい笑みを浮かべる。舞い散る木の葉に目をやりながら。
「――怖いからです。俺だって命が惜しい。大体、あんなもん見上げて怖くならないわけないじゃないですか」
夜空にぽっかり開いた穴。
魔王現象。
到底、俺たちに打倒できる存在ではないだろう。
「……そうか。じゃ、ここでお別れだな」
「はい。今生の別れにならないよう、祈ってます」
離れていく。
先生は何も言わなかった。俺も。ただ、アユミだけが不安そうに俺を見ていた。
声を潜めて言ってくる。
「……羽村くん」
「おう」
アユミの目には不安があった。
「…………一人で大丈夫?」
「当たり前だ」
アユミは静かに笑った。
それっきり、先生を追って校門の向こうへ駆けていく。
背中ごしに足音を聞いていると、次第に遠くなって消えた。
そして俺は、校門前に、一人取り残されてしまった。
「…………」
月も星もない夜に。
浮かぶ悪夢の色は黒。
俺は闇に語りかけるように、しっかりと声を発した。
「いるんだろ、雛子。出て来いよ」
「……」
がさがさと茂みが揺れる。
現れたのはピンク色のパーカー。
「なんか用? ビビリくん。一人でしっぽ巻いて帰るんでしょ?」
現れた雛子の双眸は、責めるでも怒るでもなく、ただ悲しそうだった。
「うそつき。優奈ちゃんを取り返すって約束したのに」
「…………」
手厳しい。
俺は黙って目を伏せるしかなかった。
少女は臆病者の裏切りに落胆し、それでも前に進もうとする。
そんな野良猫に俺は告げた。
「――確かに俺は嘘吐きだがね、お前はひとつ勘違いをしてるよ」
「え……?」
奇音。
ポケットに突っ込んでいた腕を振るう。
視界を覆うように駆け巡る蜘蛛の糸。雛子に真っ直ぐ襲いかかっていく。
「くっ!?」
雛子は回避。
こちらの意図に気付く間もなく、校門付近で上がる轟音を聞いた。
「!?」
雛子が目を向けると、そこにはアユミがいた。
内側から校門のつがいを歪めて固定。これにて鍵は開かなくなった。幽霊相手に意味があるかは疑問だが、少なくとも一般人に対する足止めにはなる。それきりアユミは逃げるように去っていく。
「え……どういうこと……?」
閉ざされた校門を背景に、俺は短刀片手に立ちはだかるのだった。
「俺は逃げないし帰らない。お前をおびき出して、ここで足止めする役だったのさ」
雛子が目を見開く。
いや、さすが子供。こんな子供だましに騙されるとは、まだまだ人生経験が足りないね。
「俺が最後尾だ。切らなきゃいけないしっぽなんていらないよ、このウソツキ娘」
構えて一歩足を踏み出す。
合わせるように雛子が後退した。
「なんであたしが嘘つきなのさ」
「俺たちに任せるって言っただろ? なのにお前はここへ来て、俺を倒してでも先へ進む。それが嘘じゃなくて何なんだ」
「――――」
雛子の瞳が罪悪感に潤む。
けれどそれもすぐに振り払って、少女は決然と俺に対峙した。
「……知らないから。あたし超強いよ」
少女が右手を掲げ、あの衝撃波の呪いを放とうと構える。
そんな威勢のよさが心地よかった。
ああ、強いな。確かに強い。
同い年の子供が十人いて、一体何人が、こんなまっすぐな瞳で抗えるだろう。
だが、強いからこそ、お前はここを突破できない。
「そうか。そりゃよかったな、俺はとっても弱いんだ」
暴風の中。
びきびきと、間合いの膠着がひび割れていく。
そんな緊張に耐えかねたように、少女は声を絞り出す。悲痛な顔を浮かべて。
「……そこをどいて。邪魔しないで」
「友達を取り返すためか? それとも復讐するためか」
「わかんない。けど、どうしても行かなきゃいけないの」
「はぁ、そんであっけなく返り討ちに遭うわけだな。そりゃ聞けない相談だ」
「あたしの邪魔、しないでッ!」
衝撃の連打が、林道を揺るがした。
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