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相沢ユウヤは昇降口前で待っていた。
空で育ち続けている夢の卵を見上げる。周囲に呪いとつむじ風を振りまく小惑星。それを非難するように、誰かが弱い声を上げた。
「はぁ……頭が痛いよ」
夜の浅瀬から現れた、赤い髪の少女だった。少女はすかさずまっすぐに問いかけてくる。
「あれは、何かな。」
「あれこそが、僕たちのネバーランドだ。子供たちの幽霊が集まって、共通の夢を見ている」
「そう……やっぱり悪夢なんだね。子供たちを、こんなことに使うなんて……」
その小柄な姿を見て、相沢ユウヤは小さく笑った。
「そうか。キミだったのか」
納得してうなずいた。だが、それもおかしな話だ。
全域知覚は正常に稼働している。周囲直径二百メートル、どこに誰がいるかなんて当然のこと、それがどのような人物で、どんな性格をしていて、彼彼女が昨夜何を食べたかまで知覚できるはずだった。
なのに目の前に現れるまで、彼女が誰であるかを気付けなかった。
それほどまでに気が散っている。
空の惑星に胸躍らせている。
興奮を自制するように、トーンを抑えた静かな声で言った。
「すごいだろう? あと一時間とかけずに、僕らのネバーランドは実現する」
「とってもメルヘンだね。好きだよ、そういう妄想」
赤髪の少女は微笑した。立場が敵であっても心を許してまいそうになる、そんな柔らかい笑顔だった。
「けど──もうあなたは許せない。許していい相手じゃない」
その少女が、笑みを取り消す。
真っ直ぐな瞳には矢のような鋭さがあった。
「……やるのかい? 勝てないと分かってるのに?」
相沢は記憶をたぐる。彼女との勝負は終わっている。西通りの攻防で、確かに少女の怪力は脅威ではあったが、相沢の計画を破壊するには及ばなかった。改めて分析してみても、敗ける要素は見
当たらない。
ずがん! 黙らせるように、アユミの靴底が、地面のタイルを踏み割った。
「……六道沙門を作ったのはわたし。オリジナルは、模倣よりも速いよ」
「そう」
恐らく事実なのだろう。
この少女は、紙一重に迫った羽村少年よりも上の速度で、あの六連撃を繰り出すことが出来るのだ。
「そもそも、わたしは羽村くんに負けたことは一度もない」
知覚の呪いが少女の記憶をかすめ取る。
驚いたことに、この温厚そうな少女は、本当にただの一度も羽村に敗けたことがなかった。
相沢はアイスピックを取り出し、くるくると回して右手に握る。
「分かった。来るといい。――ところで、あの校舎の陰に隠れている人は何なんだい? 君のストーカー?」
「う……」
そこで、アユミの表情が揺らいだ。
はぁとため息をついて、ぶつぶつと零す。
「ほんと非常識だよ……先生が気配を消したら自動ドアだってスルーしちゃうくらいなのに……」
それは嘘だと相沢は思った。
なのに事実だと全域知覚が告げた。
確かに、あこで身を潜め不意打ちの機をうかがっている女性は、歩く理不尽の塊であるらしい。
改めて、アユミは相沢に向き直った。
同情するような瞳で。
「あなたのネバーランドを終わらせる。その先にはきっと何もないから」
「分かってないね。先がないからネバーランドを作るんだよ、僕たちは」
そして第一撃。
呼吸を読んだ斬撃と、続く投石の隙間を当然のように無傷で、予知能力者がすり抜けていく。
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