#003 / 天使-Never Land' III-

11/19

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
 相沢ユウヤは昇降口前で待っていた。  空で育ち続けている夢の卵を見上げる。周囲に呪いとつむじ風を振りまく小惑星。それを非難するように、誰かが弱い声を上げた。 「はぁ……頭が痛いよ」  夜の浅瀬から現れた、赤い髪の少女だった。少女はすかさずまっすぐに問いかけてくる。 「あれは、何かな。」 「あれこそが、僕たちのネバーランドだ。子供たちの幽霊が集まって、共通の夢を見ている」 「そう……やっぱり悪夢なんだね。子供たちを、こんなことに使うなんて……」  その小柄な姿を見て、相沢ユウヤは小さく笑った。 「そうか。キミだったのか」  納得してうなずいた。だが、それもおかしな話だ。  全域知覚は正常に稼働している。周囲直径二百メートル、どこに誰がいるかなんて当然のこと、それがどのような人物で、どんな性格をしていて、彼彼女が昨夜何を食べたかまで知覚できるはずだった。  なのに目の前に現れるまで、彼女が誰であるかを気付けなかった。  それほどまでに気が散っている。  空の惑星に胸躍らせている。  興奮を自制するように、トーンを抑えた静かな声で言った。 「すごいだろう? あと一時間とかけずに、僕らのネバーランドは実現する」 「とってもメルヘンだね。好きだよ、そういう妄想」  赤髪の少女は微笑した。立場が敵であっても心を許してまいそうになる、そんな柔らかい笑顔だった。 「けど──もうあなたは許せない。許していい相手じゃない」  その少女が、笑みを取り消す。  真っ直ぐな瞳には矢のような鋭さがあった。 「……やるのかい? 勝てないと分かってるのに?」  相沢は記憶をたぐる。彼女との勝負は終わっている。西通りの攻防で、確かに少女の怪力は脅威ではあったが、相沢の計画を破壊するには及ばなかった。改めて分析してみても、敗ける要素は見 当たらない。  ずがん! 黙らせるように、アユミの靴底が、地面のタイルを踏み割った。 「……六道沙門を作ったのはわたし。オリジナルは、模倣よりも速いよ」 「そう」  恐らく事実なのだろう。  この少女は、紙一重に迫った羽村少年よりも上の速度で、あの六連撃を繰り出すことが出来るのだ。 「そもそも、わたしは羽村くんに負けたことは一度もない」  知覚の呪いが少女の記憶をかすめ取る。  驚いたことに、この温厚そうな少女は、本当にただの一度も羽村に敗けたことがなかった。  相沢はアイスピックを取り出し、くるくると回して右手に握る。 「分かった。来るといい。――ところで、あの校舎の陰に隠れている人は何なんだい? 君のストーカー?」 「う……」  そこで、アユミの表情が揺らいだ。  はぁとため息をついて、ぶつぶつと零す。 「ほんと非常識だよ……先生が気配を消したら自動ドアだってスルーしちゃうくらいなのに……」  それは嘘だと相沢は思った。  なのに事実だと全域知覚が告げた。  確かに、あこで身を潜め不意打ちの機をうかがっている女性は、歩く理不尽の塊であるらしい。  改めて、アユミは相沢に向き直った。  同情するような瞳で。 「あなたのネバーランドを終わらせる。その先にはきっと何もないから」 「分かってないね。先がないからネバーランドを作るんだよ、僕たちは」  そして第一撃。  呼吸を読んだ斬撃と、続く投石の隙間を当然のように無傷で、予知能力者がすり抜けていく。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加