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青柳高校の門前で、俺・羽村リョウジと雛子の激闘が繰り広げられる。
情けない話、俺は小学生相手に防戦一方だった。
「この――逃げるなぁッ!」
「っ!」
迫る衝撃を前に、アスファルトの上を跳び転がる。
間一髪で、その一撃を回避した。
ガンッ
「く……!」
大口径銃の破裂音、アスファルトを踏み砕く不可視の衝撃。
舞い散る破片がパラパラと舞い、暴風に攫われた。俺の頬を掠めて空に吸い込まれていく。
「はぁ、元気なおガキ様だこと」
砂埃を払って立ち上がる。
強がりのファイティングポーズを向けるが口先オンリー、なんと驚け満身創痍。防戦一方どころか、既に追いつめられていたりする俺なのでした。
「ああ……くそ」
我ながら情けない。
校門前、林に挟まれた直線道で。
真っ直ぐ対峙し、呼吸を計ってくる雛子を分析する。
……正直言えば、かなり手強い。アユミの次くらいにやりにくい。
何よりあの不可視の衝撃波の性質が不味い。遠距離。中距離。近距離。どこに逃げてもダメだった。
距離を無視して、自由自在に衝撃を撃ち込んでくる呪い。
即死するほどの威力ではないが、無視できる軽さでもない。たとえ一発でも当たり所が悪けりゃ即KO、当たり所がよくても追い打ちを掛けられたら間違いなく立ち上がれないだろう。
「――よし」
結論。
一発でも受ければゲームオーバーが近い。受けちゃだめだぞ俺。
「そこ!」
「がはっ!?」
直撃。
「ぐ、ぅ!」
言ってるそばから躱し損ねた。
吹き飛ばされ、アスファルトを派手に滑走し、しかし追い打ちが飛んでくるより前に立ち上がる。
「…………」
軋む苦痛を黙らせる。
追い打ちがない。そこが雛子の甘さだろう。防戦一方とはいえ、その程度の突破口は掴んでいる。
短刀を向け、再度少女に対峙する。
その瞬間に衝撃が飛んできた。
「ふんッ!」
後退してやり過ごす。目の前を駆け抜ける不可視の呪い。
そも、この呪いは何なんだ?
呪いを生み出すのは人の怨嗟、言うなれば人の恨みや絶望だ。
実体化するほどに、強い願い。
それが引きずり回し殺すことならひきずり魔、人食願望なら獣の牙と胃、放火常習犯なら火炎を操る呪いが出来上がる。
なら雛子の呪いは、相沢に殺された恨みが転じて、復讐という願いの具現になったのか?
それにしては威力が安い。復讐に必要なのは相手を殺す力だろう、なのにこの呪いと来たら足りてない。
人間は死にやすい生き物だが、それでもそこらの小動物に比べればそれなりに頑丈なのだ。
なのにこれでは殺せない。人体を致命的に損傷させるには威力が足りないのだ。衝動と現象が矛盾する。なら、雛子の抱いた呪いは、復讐ではない……?
そんな希望を閃きかけて、自分の有様を思い出し、いやな気分で撤回する。
正解は悲惨だった。
「なぶり殺し……そういうことか」
「なに一人で、ぶつぶつ言ってんのさッ!」
疾る衝撃。速度は高速、だが。
「はッ!」
「え!?」
夜を斬る。
耳をつん裂く鉄の絶叫。
衝突し、削り合い、最後には相殺され火花と消え散る。
固い衝撃が、短刀を伝わって指を痺れさせていた。
だが。
「……乱発しすぎだ、バカ。いいかげん打ち落とすくらい出来るっての」
「っ!」
優勢だった雛子が揺らぐ。可哀想だが悪役の典型だ。時間を掛けたなぶり殺しを望む者は、決まってあとから逆襲される。
「…………」
回して逆手、姿勢を下げる。
殺す時は一撃必殺。
追い打ちも辞さずに殺しきる。
狩人の流儀を、教えてやる。
「躱せよ――」
「!」
踏み込む足は獣の前足、一度大地を捕らえてしまえば決して滑ったりはしない。
力を込めて、腕を振るう。
「ぬあああッ!」
モーションは地を這うようなアンダースロー、引き絞った弓の破壊力。
夜鴉が亜音速で駆け抜ける。銀の一筋。俺の相棒、短刀『落葉』が大気を裂いて雛子の顔に迫る!
「あ――」
遠距離は安全圏だとタカをくくっていた少女。
その耳元を薙ぎ、金の髪を数房引き千切って、落葉は遠くの地面に墜落した。
「……れ?」
むなしく響く金属の音。
完全なハズレ投擲。
その意味を計りかねて、少女はこちらを凝視してきた。
俺は皮肉に肩をすくめる。
「飽きた。次は鬼ごっこしようぜ、鬼はお前な」
そう、こんな戦いはお遊びだ。
お前の意志も決意もくだらない。
「こ、の……!」
そんな俺の見下し笑いに騙されて、少女は呆気なく罠に掛か、
「バカに、するなぁあああああああっ!」
お?
「ちょ、嘘だろ――!?」
幻覚が見える。あとジェットエンジンじみた不吉な幻聴も。
雛子の呪い。
集うように、黒の衝撃たちが次々と紡がれていく。腕を振り回す少女の周囲。都合二十八閃の衝撃波が、俺に穂先を向けたまま停止した状態で増殖していく!
「……ねぇ、謝ってよ。そしたら許してあげるよ。友達だもんね、あたしたち……」
雛子の翳った双眸が、憤怒に震える唇がどう見ても洒落にならない。キレてる。
「や――ば、い!」
背を向け逃げる。
計算外だ。あれは死ぬ。どれだけ安く見積もってもまず立ち上がれなくなる。
雛子が顔を上げる。
その頃には俺は既に逃げていた。一目散に、林の中を。
「っ! 逃げる、なぁああああああああッ!!!」
そして訪れた爆撃の時。
スローモーションする程度には臨死体験だった。
待機状態だった衝撃波が、一斉に動き出し、破壊の嵐を巻き起こす。
あちこちの樹木に突き刺さり、地面を抉り、マシンガンの要領でしかし的確に降り注ぐ衝撃の雨。
「おおおおおおおおあああああああ!!!」
土と衝撃で埋め尽くされる視界。まるで津波だった。足下爆砕。目の前爆砕。木片が掠めて飛礫に殴られ、背中を吹っ飛ばされてとうとう転倒した。
「ぐ……ぁ!」
地面を滑る。
すぐさま振り返る。
終わりかと思ったが、追い打ちの十二連発が夜空から弧を描いて降り注いでくる場面だった。
頭を庇う。
爆撃に見舞われる。
もう周囲がどうなっているのかは分からない。
ただ俺は、注がれ続ける衝撃の乱打に気を失った。
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