#003 / 天使-Never Land' III-

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「う……」  そんな意味の解らない悪夢にうなされて、眼を開けた。  視界は白い。差し込む朝日が目に刺さる。あとついでに何故か体中が痛くて、もう起きるのもいやだ。 「つ……はぁ」  仕方ないので目を閉じる。  さて、と息を整えてから、確かめるように自分の名前を呟いた。 「……羽村リョウジ、職業はニート。よし正常だ」 「違うだろ少年、お前の仕事は狩人だ」 「うぇ?」  すぐ近くから不機嫌そうな声が聞こえた。驚いて眼を開けると、朝陽の中に美人がいる。黒セーラー服のお姉様。先生は俺のベッドに腰を下ろし、脚を組んでそっぽ向いていた。  それを見て、俺は驚きのあまり冷や汗を垂らしながら言った。 「あっれ……今日は核の雨でも降るんじゃないですか?」 「ん? なにがだ」 「俺の寝起きに先生が日本刀持ってないなんて」  聞いた途端また疲れたように息を吐いて、切れ長の瞳がゴミを見る視線になった。 「再起不能になる。金輪際、六道も七道も禁止だ。分かったら死ね」 「はぁ……」  よく分からないまま禁止令を受け、よく分からない先生を見送った。 「ったく……大体名前が気に入らないんだよ名前が……六道という響きだけであの高慢チキを思い出す……」  六道さんって名前の知り合いがいたのか。そりゃ知らなんだ。先生の傲慢さをもってして高慢チキの異名を取るとは、え、その人マジ人間っすか? 「…………やっぱトゲトゲ。あの人ぜったいコワイって」 「うお。いたのかお前も」  いつの間にか、窓辺に雛子が腰掛けていた。いつもどおり金髪ふたつ結びがぴょこぴょこ揺れる。 「むぅ……なにそれ。いちゃ悪い? 友達でしょ?」 「お前な。寝起きの窓辺に亡霊がいたら誰だって驚くっつの」 「亡霊とか言うなー! 可愛くユーレイって言えー!」 「なんか違うのかそれ」  女子の感覚は不明だ。 「ま、そんなのはどーでもいいの。それよか早く顔洗って支度してよね。みんな待ってるんだから」 「ん? ああ、はいはい」  のっそりグダグダ起きあがる。  あーだりぃ。  なんて顔に書いたまま支度していると、少女の不満顔が秒速乗算。 「じゃじゃーん。無敵バット~」 「はっ!?」  ●●えもんヨロシクな感じで取り出したるは、苦い思い出の衝撃チャンプ。  知ってましたか奥さん、あのバット、どんな暴投でも打ち返せるようになんと遠隔打撃機能まで付いてるらしいですよ。そう、あの例の距離を無視する衝撃波。要はそういうことだったんですねぇ。 「にゃっふっふっふ……」 「ぐ……ぉ」  殺気迫る。おれにげる。  殺気迫る。おれにげる。  だがしかし、間合い無効アビリティついてるってのはいまご説明したばかりなわけで。 「みんなで野球やるって言ったじゃーん……約束したじゃーん……にゃっふっふっふ」  おれにげる。  ドアに手を掛ける。  全速力で逃げ出すが、飛んでくる衝撃波の速度には勝てなかった。 「やめろ、雛、ゴぎゃうべぷッ!?」  ばすんっ、ずだごご、がっしゃーん。ずどどどどー。 「うおおおぉぉおおお!?」 「あ、やば……階段……」  はむらしす。 + 「雛子ツンだ」 「へ?」  痛む後頭部をさすりながら、マウンド上に立ち、俺は隣のアユミに言った。 「あいつの名前は雛子ツンにしようぜ。うん。こう、雛子ちゃん的なノリで雛子ツン」 「ツン? よくわかんないけど、普通に雛子ちゃんでいいと思うなっ」  満面笑顔でボツされた。  で、俺たちは騒がしい声の方に目を向ける。 「いやしかし……改めて見ても壮観だなオイ」 「確かに。ちょっとすごいね、あの人数は」  青い日差しの空の下。  俺・羽村リョウジは新調したグローブをもみもみしながら、隣のアユミと呟き合う。  場所は川べり、小鳥川真横の芝地面である。  ここなら広いし、大人数で野球してもなんら問題なかろう。ふっははー。ところでアホはむら、野球って二対一のあそびじゃないのか? いっぽうてきになぐるけるの暴行なのではないなのですか?  そう提案してきたのはどこぞの悪霊双子どもである。  さすがはうちの情報担当、仕事だけはキッチリこなしやがる。ロケーション的には完璧と言っても差し支えないがしかし。 「わたし打つのー! 優奈ちゃんにかっこいいとこ見せるのー!」 「はなせ、なきむし! さわんな! しねっ!」 「あー!? ソウタ君しねっていったー! しねっていった方がしねー! 雛子ちゃーんソウタ君がいじめるよー!」  わーきゃー騒ぐ声に耳を覆われながら、俺ちょっと頭痛気味。  なんだいアレは。  あの橋の下でバット奪い合ってる、無数のがきんちょ共はどこの誰だい? 「香澄、はなしなさい! 私が最初に打つんだから、カッキーンと開幕ホームランなんだから、邪魔しちゃぜったいダメなんだからっ!」 「…………」  優奈と香澄が喧嘩している。  元気な横顔を見ながら俺は少しだけ目を伏せた。 「……最近明るいよな、優奈の奴」 「うん。そうだね……」  空元気なのは誰でも分かる。  それでも。  どっかの予知能力者サマが笑顔を願った以上、あいつは意地でも笑い続けるのだろう。 「…………」  そんな優奈と無言でバットを奪い合う香澄。  喧嘩してるように見えるが、香澄の口元がほのかに笑ってやがる。 「ぬぅ……」  まぁそれはいいんだ。  それらを始めとして、視界を埋めて暴れている五十人の子供たちが問題だ。  あれら全部、普段は腕の形をとって寿命を延ばしている亡霊だってのが信じられないくらいの元気っ子共ばかりだった。  そして試合が始まらない。  魑魅魍魎。  その中になんか着物姿の双子とか混じってるのはご愛敬、二十歳手前の巫女さんが混ざってるのはちょっとやり過ぎ、ブンブンと日本刀振り回して叫ぶ高校生とか混じってるのはデッドボール。アウトだ。 「はいはいはーい、みんな、静かにしろっ!」 「お」  そんな喧々囂々の中から歩み出て、一人の少女が声を上げる。  途端に鎮まるチルドレン。  彼らの前に立つのは二つに結び分けた金髪と、安っぽいピンクのパーカーと、デニムスカートの元気な少女。  みんなのリーダーに正式認定されたらしい、吉岡雛子その人だった。 「えー、静粛に静粛に。っていうかうるさいよみんな、黙らせるよ力ずくでこの万能バットで」  ぽん、と取り出したるは雛子の武装、呪いの無敵バットである。みんながずさささと引いていく。 「えーと、それじゃ打順を発表します。一番あたし。二番優奈ちゃん。三番香澄ちゃんで四番は──」  次々とてきとーに発表される打順を聞いて、有象無象が「えー」と言ったり「やだー」と叫んだりしているが。それでも誰も本気で逆らおうとはしない辺り、さすがリーダー。 「では、さっそく始めたいと思いまーす!」  「おー!」と応える声無数。  先生、だから、ガラじゃないですってば。 「……と、いうわけなのだよそこのオッサン」 「む」  バッターボックスに立ち、にやりと悪魔の微笑を浮かべる小学生。 「にゃふふふふ。では、いいかげんいつぞやの決着をつけようではないか。ま、どーせあたしの勝ちだろうけどね」  ぴくりと頬が引きつるのを感じる。 「ほほぅ……言ったな、この打率ゼロ割のキングオブ三振王が。OK、いいだろうやってやる」  ククク。いいぜいいだろう燃えてきた、やはり野球とはこうでなくてはいけない。  多すぎる雛子コールを浴びながら、唯一アユミに応援されたりしつつ、俺は第一球目をしなやかに振りかぶって笑んだ。 「打てるもんなら──」  投げ放つ直径72.5ミリメートルの白い球体。  俺の得意球、カットファストボールが河原の風を駆け抜けて。 「──打ってみやがれッ!」 「くらえっ、正義の子供打法ッ! かっきーん!」  未来のビッグヒッターが、思い切りバットを振り抜いた。  青い陽射しの空の下。  そうして試合が、始まった。 + 「ふっはー、疲れた……」  どさ、と草むらに倒れ込む。  傾斜した土手が休憩にちょうどいい。  大の字になって四肢を投げ出すと、ぴき、なんて感触で右腕が筋肉痛を訴え始めた。 「つ……さすがに、こんだけ投げ続けたらキツイか」  また全力で楽しんでしまった。  たぶんいつも通り紳士さのかけらもなく、変化球投げまくったような気がする俺。 「お疲れちゃん羽村君。飲みなよ」 「ん──」  ぽい、と缶コーヒーが投げ渡される。仰向けのまま見上げると、巫女服の雪音さんが道端にパラソルなど広げ、折り畳み椅子に座って休憩していた。 「いただきます。それよりいいんですか雪音さん、守備に参加しなくて」 「もういい。疲れた。大体十九歳のお姉さんが、あんな元気っ子どもの狂宴についていけるわけないでしょ。あの子たちテンションやばいって」 「はは……確かに」  かこんとプルトップの蓋を開け、一口飲んでから即席グラウンドに目を向ける。 「香澄ちゃん、つぎあたし! 早く投げて、はやく!」 「……雛子ちゃん……優奈の順番飛ばしてる」 「雛子ちゃん、そこどいて! 次はわたしが打つんだから、今度こそかっきーんとサヨナラホームランなんだから、邪魔しちゃぜったいダメなんだからっ!」  ──もうとっくに夕暮れだってのに。  試合開始前と全然変わらない、疲れを知らないガキんちょたちがそこにいた。 「……はぁ。一体あいつらのエネルギーの源は何なんでしょうね。俺にも少し分けて欲しいですよ」 「羽村君にはね、若さが足りないのよ若さが。こう、達観しすぎって言うか、落ち着きすぎて何考えてんのか分からないって言うか」  デジャブった。予知能力かな。 「あ~あ。また三振だし~」  ぐだぐだと雛子が来て、俺の隣に腰を下ろした。  寝ている俺により掛かってくる。 「ね。コツ教えてよコツ」 「ボールをよく見る。投げ放たれた瞬間からキャッチャーが掴むまで、ちゃんと目ぇ動かして見送ればいい。そうすりゃ自然に分かるよ」 「ふーん……なるほど?」  疑問符を付けるな。 「うー、うー、かっきーん。うー、うー、かっきーん」 「さて。そろそろあたしの打順かね、行ってきまー」 「「うぃーす」」  ひらひらと手を振りながら、巫女さんが気怠そうに草むらを下っていく。  そんな背中を見送ってから、腕を枕に目を閉じた。  夕陽と歓声と、風の音。 「……名前付けたんだよ」 「ん」  目を開けると、雛子の手に無敵バットが握られていた。 「へぇ? そのバットにか」 「うん」  名前ねぇ。  雛子は目を逸らしながら、恥ずかしそうに口にした。 「“ドリームメイカー”っていうの。どうかな……」 「はは。お前らしいよ、だっっさいセンスだ」 「ちょま!? まじ空気読んでよっ!」  ちゅどーんと火を噴く金髪少女。  その脳天に手を置いた。 「でも、だ」 「え?」  真っ直ぐで。  シンプルで。  それでいて前向きな、可能性の塊。   夢紡ぐ者(ドリームメイカー )。  いつか特大ホームランを打ち上げてみせると、そう誓った彼女の楔。 「……最高にいい名前だ。明るくて前向きで、希望に満ちたお前に似てる」 「────」  その瞬間。  雛子は俺に、極上の笑顔をみせてくれた。 「ありがと。素直に嬉しいよっ!」  燦然と輝く青空の瞳。  小さな両手に大きなバットを抱き締めて、バッターボックスに帰っていく小さな背中。  たくさんの声が、少女を迎える。  もう独りなんかじゃないはずなのに。  それでもやはり、どこか野良猫に似ているピンクパーカーの少女なのだった。 「…………」  上空に眼を向ける。映ったのは空。くたびれた縁上市の夕暮れの赤。 「……ん」  耳に届いたのはニュース報道。雪音さんが付けっぱなしにしていった、小型テレビの声だった。 『昨夜未明、市内の××町で行方を断った××ちゃん九歳が──』  死体で発見されたらしい。  あまりにも無惨な姿で。  白陽の下に、また哀しい残骸を晒したのだという気分の悪いニュースだった。  つくづくイヤになる世界。  テレビを付ければ殺人殺人、事故と殺人。 「はぁ……また子供殺しか」  大きすぎる手の平の上。  小さすぎる俺にできるのはそう、きっと。 「……大人が子供をいじめるなんて、最低だ」  こんな風に、忌々しく毒吐いてみせるくらいなんだろう──。               -Never Land'-
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